第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「……」
冷たい神田の物言いに、最後には黙り込んでしまった少女。
しかし立ち止まることはなく、先を歩く神田に足早についていく。
少し俯きがちに、背負った荷物を小さな両手で握って。
恐らく少女は助言のつもりだったのだろうが、そこに神田が返した言葉は強がりなどではなかった。
第二使徒の能力を持つ彼は、多少過酷な環境でも平気で生きていける。
しかし彼女はそのことを知らない。
恐らく拒絶されたと思ったのだろう。
俯いてそっぽを向きながら、小さな口を開くと、
「…わからず屋」
ぽそりと吐き出したのは小さな悪態。
「あ? 今なんつったテメェ」
「別に。何も言ってないけど」
「嘘つけ! わからず屋つっただろーが!」
「うわ、地獄耳! いっつも忠告は聞かない癖に、なんでそういうことだけ聞こえ…って痛い痛い! 引っ張らないでよ!」
「テメェが逃げようとするからだろ!」
「神田がそんな怖い顔で睨んでくるからでしょ!?」
途端にぎゃあぎゃあと言い合いになる。
いや、言い合いと言うには少しばかり異なる。
なんせ逃げ出そうと後退る少女の襟首を、神田がしっかりと掴んで捕まえていたからだ。
それはどう見ても言い合いというより一方的な喧嘩の吹っ掛け。
そんな二人の姿に、ティエドールは目を見張った。
神田は先に言った通りの何事にも"怒り"で感情を表す、素直な人間だ。
だからその言い合いは極自然なものだったのだが、問題は彼女との"距離"にあった。
あの神田が、わざわざ逃げ出そうとする相手を捕まえてまで喧嘩を吹っ掛けている。
面倒なことを極端に嫌う彼が。
そのことにティエドールは驚きを隠せなかった。
「もういいよ! 好きにしたら! 神田なんて砂漠で干からびてミイラになればいいんだ…! 美形なんて滅んでしまえ!」
「なんだその個人的な文句! 美形言うんじゃねぇ殴るぞ!」
「ぁだッ! ってもう殴ってるから…!」
ゴン!と遠慮のない拳を、神田が少女の頭に振り下ろす。
そんなこんな少しばかりズレた言い合いに、やがて驚いて置いてけぼりにしていた思考が戻ってくる。
ついくすりと口元を綻ばせると、ティエドールは改めて二人の下に歩み寄ることにした。