第3章 ◆優先順位(神田)
「もう。神田らしいけど…」
「女性の誘いを断るなんて、失礼ですよ神田」
「……」
思わず足を止めたのは、もう条件反射のようなものだった。
このいけ好かないモヤシ野郎の声には、どうにも俺の体は勝手に反応してしまうらしい。
「……」
「なんですか」
振り返って睨めば、腹黒さを垣間見せる顔でモヤシが笑顔を返してくる。
嗚呼、こいつのこの顔。すげぇムカつく。
見てると苛々して斬り付けたくなる。
いつもならここで喧嘩を売って、それを買ったモヤシと言い合いになる。
一発や二発こいつを殴れば、ある意味ストレス発散になるかとも思うが…同時に頭に浮かんだのは、最近よく見る光景だった。
俺とモヤシの間で、青くしたり呆れたりした顔で喧嘩を止めようとする月城の姿。
必死に俺達の間で意識を逸らせようとする姿は、ここ最近よく目にする姿だった。
「……別に」
ここで喧嘩でも吹っ掛ければ、恐らくまた同じ姿を見ることになる。
「なんでもねぇよ」
そもそも、リナのことでムキになる必要性は別にない。
そう思えば、そんな月城の姿を見る必要もないと気付けばそんなことを口にしていた。
「モヤシがいるなら、相手に困らねぇだろ。俺は行く」
「あ」
リナにそれだけ告げて背を向ける。
月城の漏らした声にも振り返らずに、今度こそその場から離れた。
ここで喧嘩してうだうだとどまるより、さっさと月城を連れてモヤシから離れた方がいい。
月城が隣にいれば、無駄に苛々することもない。
………別の意味で苛々することもあるが。
「月城」
「ぁ…うん、」
ついてくる気配のないそいつを、修練場の出入口前で足を止めて呼ぶ。
振り返れば、相変わらずリナ達の傍に立つ月城の姿が見えた。
何こっち見てモヤシと仲良く首傾げてんだよ。
「じゃあまたね、二人共」
一言、二言。
リナ達と言葉を交わして、小走りに月城が駆け寄ってくる。
何を話していたのか、此処からじゃ聞き取れなかったが別に尋ねようとも思わなかった。
それよりも優先すべきことが、俺の中にはあったからだ。