第5章 ◇8/10Birthday(ラビ)
…そうだ。
あの時、確かに名を聞かれた。
狐のお面で顔を隠した、知らない子供に。
逆に問い返せば、名乗らずいつの間にか消えた女の子。
「でも無事祭りを過ごせたのなら、きっとお稲荷様の遊びに付き合わされたのでしょうね」
「そうなんですか…なんだか、別世界の体験みたい…」
「そうですよねぇ。私も子供の頃に一度体験したことがありますが、あれは夢心地のようでした」
「え、それもお祭りだったんですか?」
「ふふ。私の場合はもう少し特殊でした。あれは──」
楽しそうに話す坊さんと南の声。
それも上手く耳に入ってこない。
「へぇ…そういう楽しい体験なら、悪くないですね……って、ラビ?」
ぎゅっと南の手を握る力を強める。
気付いた南が会話を止めて、不思議そうにオレを見上げてくる。
「どうしたの?…なんか顔色悪いけど」
「……るさ」
「え?」
「帰るさ、今すぐ!」
「へっ?…わっ!?」
「おやおや、忙しないですねぇ。道中気を付けてお帰りなさい」
のんびりした坊さんの声も待たずに、南の手を引っ張ってダッシュする。
逃げるさ今すぐ、此処から。
今すぐ!