第5章 ◇8/10Birthday(ラビ)
「私の寺はお稲荷様を祭っている所でしてね。本来の御住まいは此処なのですが」
言いながら坊さんがオレ達の横を通り過ぎる。
目で追えば、道の隅に小さな祠があるのに気付いた。
こんなもんあったんか…気付かなかった。
「この季節になると町の活気に誘われて、よく現れる御方ですから」
よく現れるって…なんさそれ。
「南、オイナリサマってなんなんさ?」
「ああ、うん。日本の…古い神様の一人だよ。白い狐の姿をしてるの。その存在は狐とは違うんだけど…」
「へー…」
あ、なんかそれ日本のこと調べた時に資料で見た気がする。
日本ってのはあちこち色んな場所に色んな神様が存在してるんだって。
"八百万(やおよろず)の神様"って言うんだっけか、確か。
…にしても現れるって、神様が?
それほんとさ?
「こんな夜更けにこんな場所でさ迷っていると、お稲荷様に遊ばれますよ。お帰りなさい」
祠に供え物を奉って合掌した後、ゆっくりと振り返る。
坊さんのその言葉に、思わず南を顔を見合わせた。
嘘言ってるような雰囲気じゃねぇし。
本当にそのオイナリサマって出てくんのかな。
「あの…すみません。私達、此処でさっきまであってた夏祭りに参加していたんですけど…」
何を思ったのか。
この国の言葉で恐る恐る問いかける南に、坊さんの顔がクエスチョンマークを浮かべる。
「お祭り?………ははっ!」
「「!?」」
そして突然笑い出した。
え、なんさ急に。
「それはそれは。正に今し方申した通り。お稲荷様に化かされたのですね」
「え?」
「化かされた?」
面白そうに笑ってはいるものの、人を馬鹿にしたような笑いじゃない。
嫌な気はしないけどあまりの突拍子もない言葉に目が点になる。
「こんな夜更けに祭りなどありましょうか」
「で、でも…さっきまで大きな花火が上がっていましたし…っ」
「おや、私はそのようなもの見ていませんよ」
「…マジさ?」
思わず南と共に、坊さんの顔をガン見する。
あんなにはっきり花火を見て。
あんなにはっきり出店で遊んだのに?
行き交う人だって普通に生きてる人達だった。