第5章 ◇8/10Birthday(ラビ)
緩く抱きしめていた腕の中の存在が、先に動きを見せた。
「どうする? まだアレンとの約束の時間まで少しあるけど…もう少し、此処にいる?」
もそもそと遠慮がちに動きながら見上げてくる。
その視線を受けて一瞬考える。
「………ん、」
優しく問いかけてくる南に、迷った挙句腕の中の体を解放してやった。
腰を上げて、手を差し出す。
「折角日本に来たんだし、もうちょい祭りを堪能したいさ。南と一緒に」
このまま此処にいてもよかったんだけど、こんなチャンス滅多にないから。
時間ギリギリまで南を堪能して、同時に祭りも堪能しておこう。
そう誘えば、南は迷う素振りなんか見せずに手を握り返してくれた。
その顔に優しい笑みを浮かべて。
………理性、保つかなオレ。
「なんか花火が終わったら、静かになったねー…」
「もしかして祭りも終わったんじゃねぇさ?」
からんころん、と下駄が鳴る。
緩く握った南の手を引きながら、ゆっくりとした足取りで祭り場へと戻る。
だけど不思議とあんなにどんちゃん賑わっていた音は、ぱったりと止んでいた。
辺りを見渡せど、幾つもの提灯で夜空を飛ばす勢いだった明るい色も視界に入ってこない。
「あり得るかも…花火も終わったし」
でもこんなにすぐ終わるかな…とぼやく南は、少しだけ残念そうな顔をしていた。
…まぁな。
オレもそこは少し残念だけど……終わっちまったんなら、仕方ない。
「まぁでも、まだ花火終わって時間もそう経ってねぇし。出店くらいなら残って……………ねぇ」
「………本当だ」
さっきまでは出店が所狭しと立ち並んでいた通路。
其処にはカラフルな出店の看板なんて一つもなく、がらんとした道が続いているだけ。
あんなに賑わっていた祭りの跡はどこにもなく、鮮やかな提灯も行き交う人々もない。
シンと静まり返った夜の道。
……此処、さっきの祭り場だよな?