第5章 7月
しかしブロロロ…とおんぼろバスのエンジン音が聞こえてくると、鉄朗は「ヤベッ」と慌てて校門の方に向かって走って行ってしまった。
一人残された私は言われた通りもう少しこの場所で休もうと、膝を抱えて座り込む。初夏の蒸すような暑さの中、コンクリートの地面はひんやりと冷たかった。
透明なペットボトルの溝をくるくると指でなぞりながら、鉄朗が去り際に言い残した言葉を思い出す。
『いいか、木兎には気をつけろよ』
木兎さんっていったら、梟谷のエースの人だよね。4月に行われた大会で鋭いクロスを打ってたのをよく覚えている。
試合前には鉄朗とも仲良さげに話してたから、知り合いなのかなって思ってた。
(悪い人…じゃなさそうだったけどな)
ペットボトルを置いて、少しだけ目を閉じて休もうかと思った瞬間。
「あっ!噂の黒尾妹、はっけーん!」
大きな声に驚いて、びくりと肩が跳ねる。
恐る恐る顔を上げると、首にタオルを掛けた木兎さんご本人が嬉しそうに駆け寄って来た。
「おー、近くで見るとあんま似てねえな!」
しゃがんで顔を近づけてくる木兎さん。薄い虹彩の透き通った瞳がまじまじと私を見つめる。
目を逸らすのも失礼な気がして、私はぎこちなく笑った顔のまま、固まっていた。
気をつけろって言われたけど、なんだかもう手遅れな気がする。
「あ、俺、木兎光太郎ね!ヨロシク!」
手を差し出して笑う木兎さんがいくら優しそうに見えたからって、鉄朗の言い付けを守らずうっかり気を許した私がいけなかった。