第5章 7月
「見て見て赤葦っ!ジャーン!黒尾の妹!」
「ッ!何やってるんですか木兎さん!黒尾さんに怒られますよ?」
無理矢理引っ張られて連れてこられたのは、梟谷が陣取る体育館の一角。木兎さんに後ろからガッチリ肩を掴まれていて、逃げも隠れもできない。梟谷の人達の好奇に満ちた視線が少し怖くて、私は両手でぎゅっとジャージの裾を握りしめていた。
「へー、やっぱり妹なんだ」
リベロと思われる背の低いの人が言う。
「そう!さっき黒尾がいたから聞いてみたら、俺の妹に手ぇ出したら殺すぞとか言っててさー」
「黒尾にそれ言われてよく拉致れるよな…お前のバカさは一周回って……いや何でもない」
ハイテンションの木兎さんに目の細いサラサラ髪さんが呆れた顔をしていた。
さっき引っ張られて走ったせいで、気持ち悪いのがぶり返してきた気がする。私はこのアウェーな空間から一刻も早く逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「それにしても黒尾と違って黒尾妹は静かで大人しいなー。…ハッ!これがまさか借りてきた猫ってヤツか!」
「…木兎さんに怯えているだけじゃないんですか?」
さっき赤葦と呼ばれていた人が無表情で言い放つ。
今のは音駒と猫を掛けたギャグだったのだろうか、と吐き気と戦いながら私は悩んだ。
「とっとと元の場所に返してきて下さい…ってなんか彼女、顔色悪くないスか?」
「えっ?」
私の後ろに立っていた木兎さんが慌てて顔を覗き込んでくる。
突然肩を支える力が無くなって、少しふらりとした。
「た、確かに顔青白いしなんかフラフラしてるし…ヤベ俺、マジで黒尾に殺されるかもしれないいい!」
あわあわとわかりやすく慌てる木兎さん。
いくら鉄朗が過保護っていっても、殺すなんて冗談に決まってる。何をそんな怖がっているのだろうか。
「とにかく彼女、俺が黒尾さんか音駒の奴らに引き渡してくるんで」
「え、赤葦が行ってくれんの?」
「…木兎さんに行かせるのが心配なだけです」
「酷い赤葦!俺をなんだと思ってんだよ」
投げ掛けられた問に答えること無く、赤葦さんは大きな溜め息をついた。
「黒尾さんにも一応謝ってきますが、全て木兎さんのせいだとは言いますよ。俺もとばっちりなんかで死にたくありませんし」
梟谷の人達は怖かったけど、何故かそれ以上に鉄朗が恐れられていた事が判明した。