第2章 4月
「鈴、起きろよ」
規則正しく呼吸を繰り返す身体はピクリともしない。
静かに上下する肩。短く切り揃えられた爪と小さな手。僅かに動いたピンクの唇。
鈴の全てが俺の理性をぶっ壊しにくる。
(駄目だ、駄目だ…)
条件反射的に唱える言葉が、脳まで届かない。
手を重ね、指を絡める。
ベッドがぎしり、と鳴く。
「…鈴」
…ガチャ。
玄関から聞こえたその物音に、心臓と身体が飛び跳ねた。
まるで狙いすましたようなタイミングで「ただいまー」と気の抜けた声が聞こえてきた。
…ウソだろ!?
ヤバイヤバイヤバイヤバイ!
どうやって切り抜ける…?
「……てつ、ろう?」
そして鈴も目を覚ます。最悪の状況だ。
「寝てばっかりいないで勉強しなさいよー、もー」
帰宅した母親がバタバタと足音を立てながら階段を登ってくる。
「…どう、したの?」
目の前には繋がれた手と俺の顔を交互に見て訝しげな表情を浮かべる鈴。
「っな、なんでもねえ!」
ハハハと笑って鈴の手をサラリと振りほどき、逃げる様に部屋を飛び出す。
「なんでアンタが鈴の部屋から出てくるのよ」
唖然としている母親に、キャパオーバーの脳ミソはもはや何の言い訳も作り出せなかった。
冷や汗が首すじを伝う。