第6章 7月下旬
「中二の時に同じクラスだった人の事が、たぶん好きだった」
「たぶんって、なんで?」
猪突猛進という言葉がよく似合う犬岡くんには、僕のはっきりとしない気持ちがうまく理解できない様だった。
自分でもこの優柔不断なところダメだなって思う。
「うーん。席が隣だったとき少し喋って、最初は他の女の子より話しやすいなってしか思ってなかったんだ」
それでそれで?、とわかりやすいくらいに目を光らせ前のめりになって聞いてくる犬岡くん。
「だけど中三になってクラスが離れて、すれ違ったり遠くからその子を見つけるだけで嬉しくなって、これが好きって事なのかな、って思った」
「芝山は、その子に好きって言ったのか?」
犬岡くんの歯に衣着せぬ発言は、時々狙いすましたように核心を突いてくる。
「…それが、言ってないんだ。今の犬岡くんと同じか、それより酷い。僕、どうしたらいいのかわからなくて、何もできなかったんだよ。連絡先聞くどころか、クラスが別になってから卒業までほぼ話すこともなかったし」
向こう側のコートで試合が終了したらしく、笛に続いてまとまりのない挨拶とそれを包むパラパラとした拍手が響いていた。
「思い出の中で余計に美化されてるだけかもしれない。今はもうあの時の気持ちが何だったかなんてわかんなくなっちゃったけど、その時はたぶん…たぶんだけど本当にその子が好きだった」
自分の発言が大きく矛盾していたことに後から気付いた。犬岡くんはさほど気にしてないみたいだけど。
恋バナと呼ぶには稚拙でお粗末な、中学生の僕の話。
恥ずかしくなって最後は自嘲気味に話してしまったのだけど、犬岡くんはテスト勉強のときと同じくらい真剣に聞いていてくれた。
「次は……次はたぶんじゃなくて、ちゃんと"好きだ"って言えるといいな」
犬岡くんのまっすぐな笑顔に、自然と口から「そうだね」って言葉が出て、自分のことなのに驚いた。