第6章 7月下旬
「あ、鈴だ!」
犬岡くんは目ざとく鈴さんの姿を見つけると、次の試合の準備を始める女子のコートに向かって、ちぎれそうなくらい大きく手を振る。
それに気づいて、胸のあたりまで上げた腕を遠慮がちにひらひらと振り返す犬岡くんの、灰羽くんの、黒尾さんの想い人。消えない傷を抱えて笑う女の子。
きっとその顔は恥ずかしさで耳まで赤くなっているはずだ。
ズキン。
……あれ。
「芝山、あっち見に行こうぜ!」
「…あっ、ちょと待ってよ犬岡くん!」
僅かに感じた、言葉で表現できないこの胸のわだかまり。
もしこの気持ちが恋だとしたら、本当に鈴さんに伝えてしまって良いのだろうか。
確証の持てない浮ついた気持ちをとりあえず今は否定して、僕は笑って犬岡くんを追いかけた。