第5章 7月
―2年前―
退屈な午後の授業が終わって携帯を開くと、待受け画面に表示された21件の不在着信に俺はギョッとした。発信元は全部研磨からで、それだけでただ事じゃ無いという事が十分に伝わってきた。
口うるさい教師に見つからねえ様に教室の隅にしゃがんで掛け直すと、余程急いでいたのか1コールも鳴らない内に研磨に繋がる。
「クロ…クロッ…鈴が、死んじゃう…」
電話越しのその声は、酷く怯えていた。
「オイ!どうした研磨」
「お、俺の、せいで、鈴がっ…」
「何があったんだよ、研磨!」
電話の向こうで繰り返されるのは、啜り泣く様な謝罪の言葉だけで。
「…クソッ……すぐ行くから待ってろ!」
俺は電話を切る。チャリで飛ばせば中学まで15分で着くはずだ。
この前連絡先を交換したばかりの海と夜久へ、今日の部活を休む旨をメールする。焦れば焦るほどに打ち間違えて余計に時間が掛かる。
送信ボタンを押すと同時に荷物を引っ掴んで、昇降口へダッシュした。
『鈴が、死んじゃう…』
研磨の消え入りそうな声が頭から離れない。
思い出すのは小学生の頃の記憶。
年上の俺たちの後ろを一生懸命着いて回ってた幼い鈴。
俺と研磨の噛み合わないやり取りを見ては、口を手で押さえながらはにかんで笑ってた。
記憶の中の鈴は今でも小学生のまま。
同じ中学にいたはずなのに、俺は中学生になった鈴の姿をどうしても思い出せずにいた。
考え込んでいたせいで赤信号が見えていなかった。横断歩道直前で急ブレーキを掛ける。
ギイイイっと錆びたブレーキがけたたましい音を上げ、擦れ違ったタクシーからもクラクションを鳴らされた。
俺は一旦考えるのを止めて、通い慣れた中学へとにかく急いだ。