第5章 7月
体育館に近づくと、勢いよく地面とぶつかるボールの音が聞こえてきた。
こんな朝早くから誰かがスパイク練習してるみたい。
洗ったばかりのビブスを落とさないよう四苦八苦しながら体育館の扉を開けると、そこにいたのは犬岡くんだった。
「あ、鈴だ!俺も手伝うよ!」
いつもみたいに駆け寄って来て有無を言わせず一緒にビブスを運んでくれた。
体育館のステージに各校のビブスを並べて置くと、犬岡くんはぴょーんと走ってまた自主練に戻っていった。
ボールを床に打ち付ける度、広い体育館にドーンと気持ちいい音が響く。
一仕事終えた私は壁際に座ってそれを見ていた。
「犬岡くん、自主練…エライね」
私がつぶやくと、犬岡くんは壁に向かって打っていたスパイクを止めて私の隣に座った。邪魔、しちゃったかな。
「エラくなんかないよ!合宿だからなんかソワソワしちゃってさ!それに試合出てないからなんか物足りなくて…」
喋りながら両手でクルクルと器用にバレーボールを回す。その指には不格好なテーピングがされていた。自分でやったのかもしれない。
「試合……俺も試合、出たいな」
また、あの悲しい顔。回していたボールもバランスを崩し、犬岡くんの手から逃げる様に転がって行く。
「…なーんて、俺カッコ悪いよな!鈴っ、パス練一緒にやろーぜ!」
自分自身に喝を入れるかの如く立ち上がり、転がったボールを拾いに行く犬岡くん。私は我慢できず呼び止める。
「犬岡くん!」
立ち止まり、振り返って目が合う。
犬岡くんは驚いた顔をしていた。
「あの…お節介かも、しれないけど…サーブだけでも、試合、でるの…どうかな?」
「え…、俺が、ピンサーでってこと?」
私は頷く。
余計なお世話だったら、どうしよう。
犬岡くんの今の頑張りに水をさすんじゃないか。
そんな不安で一杯だったけど、それでも私は…
「頑張ってる、犬岡くんに…試合、出てもらいたい」