第5章 7月
「眠れないんなら、俺がひざまくらしてあげよっか?」
一瞬きょとんと固まって、その後すぐに赤くなる。
同じこと自分もしたクセに何その可愛い反応。
「インハイ前のお返しだ!」
無抵抗な鈴ちゃんの細い肩をぐっと引き寄せ、自分の太腿に乗せる。
何とか首を浮かせて健気な抵抗を図るも、すぐに諦めて体重を預けてくれた。
「男のひざまくらじゃやっぱ寝れない?」
俺の問いに鈴ちゃんはとろんとした瞳で、控えめに首を横に振る。
「…夜久さん、あったかい」
安心しきったその表情に、何故か胸がズキっとした。
「手、握って…くれますか?」
「はいはい」
小さな手のひらをカサついた俺の手が包むと、鈴ちゃんはすうっと眠りについた。
自販機がゴーっと低く唸り、緩やかに流れる時間。
ふわふわと繊細な髪の毛を撫でながら、クロが見たらなんて言うかなってぼんやり考えた。
奴の事を羨ましいって思った事もあった。
あの身長も、鈴ちゃんも。
でも俺は俺でクロはクロ。
身長なんて中学の時にはもう半分諦めてたし、鈴ちゃんの事だって……
勝ち目が無い、なんて簡単に諦められるくらいなんだから、こんな気持ちはきっと恋なんかじゃない。
そう、これはただの嫌がらせ。
黒尾鉄朗という、最高のチームメイトでありムカつくライバルでもある奴への、ちょっとした嫌がらせ。
鈴ちゃんの黒髪を一束掬って、キスを落とす。
はらはらと手から滑り落ちる髪からは、夏の匂いがした。