第9章 捨てられ船
「へぇ、家族旅行ねぇ。羨ましいな」
調査員の男、タニさんはそういって頷いた。ルビーはなんとか話を取り繕って、そういうことにしたようだ。実際のところ何度か私が小突いて、滑る口を止めさせたんだけど。
「家族かぁ…もう何年も会ってないなぁ」
しみじみと呟くタニさん。
「タニさんはどうしてこの船に?探査っていってましたけど…」
「ん?あぁ僕はね、海底に行く船を作っているのさ。深海って言葉知ってるかい?人間には侵入不可能な未知な世界。そこに僕は行ってみたくてね。この船はすてられふねと言ってね。ごく最近の話なんだが、海から出て来た船なんだよ。しかも出てきた後も沈まず、浮き続けたまま。こんな大きい船が、レーダーに引っかからないってことはないから、恐らく深海から出て来た船なんじゃなかろうかって話になってね。僕らの研究に繋がる何かが見つかるかもしれないって思って、それで僕が調べに来たって言うわけさ」
目を輝かせながら言うタニさんにつられ、ルビーも感嘆の声を漏らした。……私からしてみれば物好きな人もいたものだと思う。こんなしけった暗い、下手すれば大怪我をしそうなボロボロの船によく単身で行こうと思うものだ。硬い扉を開くと、そこは外だった。霧が出ており、ひやりとした空気が肌をちくちくと突き刺す。
「いやー海はいいよ。神秘的で、綺麗だし、それに命が誕生したと言われてるしね。海があるから私達がいる。だから僕は海のさらに神秘的な所である深海に行きたいんだ!!!!」
「ええ。私たちもそうおもいますわ。しかし、最後のは同意出来ませんがね」
ひやりとした声が聞こえ、私はあたりを見渡した。しかし白い霧に包まれた外は何も見えない。
「我々以外に人がいたとはおもいませんでした。邪魔をされないうちに消してしまいましょうか」
嫌に高い女の声、白い霧、ばたばたと響く羽音。………ここまで共通点が揃うのならば間違いないだろう。こいつは、あのときのプライド高女だ
「しかしながら、彼らの海への愛情。それは真に素晴らしいものです。その愛に免じて、我々の仲間になることを許してもよろしいのでは?イズミさん」
「それは良き考えですわウシオさん」
何やら勝手に話が進んでいる。ルビーがガタガタと震える手で私の袖を掴んだ。……全く、いつまで経っても頼りにならないやつだ。