第2章 持続性スリープ
「っ……」
その微笑みに一瞬怯む
いつもの微笑みが、なんだか怖いとは違う何かがあったから
「………………帰る。それから寝る」
「そういえば、手の届く範囲の話……俺なりに考えたんだけどさ」
「………………」
帰らしてはもらえない……本当に、逃がすつもりなんてないんだ
振り返らずに立ち止まり、耳だけ向ける
「間違ってたらごめん。もしかして、俺を追い掛けた時のこと言ってる?」
「…………………………」
その通りだ
その通りだけど、少し違う
「……貴方は私を何度か助けてくれてる。だけど、私は貴方を二回、目の前で何も出来なかった」
振り返らない。振り返りたくない
私はもうやりたくない、そんなこと
「未だに悪夢として出てくる……貴方を追い掛けた日。まだ記憶に鮮明に残ってる……貴方が崖から落ちた日」
恩を仇で返したりしない……私にも感謝の情がある
ただそこにあるものを助けたかっただけなのに……
「……貴方を助けてあげたかったのに、届かなかった。私は貴方よりいつも一歩後ろで、体も小さくて、貴方に届かない。なのに貴方はどうして届くの」
どうしてこんな距離を保つの
何で嫌いなくせに私を助けちゃうの
「…………ほっといてよ。私は……頑張っても貴方みたいにはなれないのはもう知ってるから」
諦めない、って言葉が……なにより好きだったの
諦めなければ何でもできるって、信じてたの
言葉を繋ぎ、私は瞳を伏せたまま歩き出す
いつもみたいに
追い掛けては来ないって知ってるつもりだったから
でも今日の貴方は違ったね
ぐいっ
「!」
後ろに手が引かれ、体がそこへ収まる
目の前を通ったのはライト無点灯の自転車
たぶん、そのまま歩いていたらぶつかってる
「……あ、りがとう」
「…………雪乃……」
「な、なに……」
私の肩口に埋まった彼の顔のせいで耳元でその囁き声が聞こえる
「……結構マジかもよ。さっきの俺の願望」
え……
スルリと解放しながら彼は自分の帰路へつく
何にもなかったかのように、いつもどおり
私は数秒間そこから動くことができなかったというのに