第32章 wolf(八代)
隣を歩く女の子。
たっくんは、こう言う子が好み?
だって。
あの観客席から一人の女の子を見つけるって至難の業だよね。
場所的に関係者席でもないし、たっくんが呼んだ訳でも無さそう。
それにこの子に手を振ったときの笑顔。
眩し過ぎて、こっちが照れるくらい。
名前呼んだら怒られたし。
本当にバレバレ過ぎて面白い。
チラッと横を見ると周りをキョロキョロ見渡す紗友ちゃん。
うん。
仕草も可愛い。
「あのさ。紗友ちゃんって、たっくんの彼女さん?」
「え!?違いますよ。ただの友達です。」
「ふぅん。そうなんですね。」
さて。どうやってたっくんに会わせようかな。
特に何も考えてないんだけど。
考えてても解決策なんて見つからない。
時間稼ぎに思いついた事を言ってみる。
「あ。そうだ。紗友ちゃんにお願いがあるんだけど。」
「何ですか?」
「たっくんの事『たくちゃん』って呼ぶよね?」
「ボクの事も、こうちゃんって呼んでくれないかな?」
突然のお願いに表情は明らかに困惑。
「こうして会えたのも何かのご縁だし。」
「これから先も仲良くしてくれたら…って難しいかな。」
苦し紛れに絞り出す言い訳。
滑稽すぎて笑えてくるよ。
「えっと…こうちゃん…?で大丈夫ですか?」
恥ずかしそうにボクを見つめて、小さな声で呼ばれた。
「もちろん!敬語も無しで大丈夫だよ。」
「ありがとう。」
上がるトーンに若干戸惑う。
「紗友ちゃん!!!」
残念だけど今日は時間切れ。
諦めて振り向くと若干怒ったっくんの表情に一瞬ひるむ。
「何で宏太朗くんといるの?」
「え?ボクが呼んだから。」
「は?何で?」
「意味わかんない。」
「紗友ちゃん行くよ。」
鼻を掠めるアルコールの匂い。
あぁ。相当飲んでるんだ。
酔って機嫌悪くなるなる方じゃないんだけど…
ってボクのせいか。
この先が気になるけど。
深入りすると怒られそうだし。
ポケットに手を入ると指先に触れるカードキー。
「せっかく部屋分けて貰ったのに。」
「無駄になっちゃったかな。」
本当は渡そうと思ってたのに。
人ごみに消える後ろ姿。
紗友ちゃんは、既に見えない。
二人にとって有意義な時間になりますように。