第13章 合宿最終日―練習試合―
和気藹々とした雰囲気に、それをなんとなしに眺めていた黒崎の顔も自然と緩んでいた。
「…話に入ってきたら?」
「えっ?!いや、そういう訳には」
東峰達の方をぼんやりと眺めていたために、片付けの手が止まってしまっていたことに気付いて、黒崎は慌てて手を動かし始めた。
ほんのり顔を赤くした黒崎を見て清水はクスリと笑うのだった。
「ふふ、東峰ともだけどさ。音駒のリベロの人と知り合いなんでしょ?試合前の会話だけじゃ物足りなさそうだったから。片付け終わったらすぐ駅に向かうみたいだし、今のうちに話しておいたら?」
「…っ、あ、そうですね…!」
「ここの片付けももう終わるし。気にせず行ってきていいよ?」
「すみません!お言葉に甘えます!」
清水はにこやかに手を振って送り出してくれた。
どこまでも優しい先輩の気持ちをありがたく思いながら、黒崎は夜久の元へと向かった。
「…っ、おにいちゃん」
「おう、美咲ちゃん!」
幼い頃と変わらない笑顔で、夜久は突然現れた黒崎を迎え入れてくれた。
そんな2人に首をかしげている人物が1人いた。
「気になってたんだけど、2人って親戚か何か?」
菅原の疑問に、夜久も黒崎も一瞬目を丸くする。
何故菅原にそんな風に思われているのか思考をめぐらせ、黒崎が夜久に対して投げかけた『呼び名』がそうさせたのだと夜久と黒崎は結論付けた。
「あー、いやいや違う。単なる幼馴染」
「そうなの?『おにいちゃん』っていうから俺はてっきり親戚なんだと」
菅原の言葉に、夜久も黒崎も少し恥ずかしそうにしていた。
無意識だったとはいえ、改めて指摘されると、なかなかに恥ずかしい呼び名だったことに2人は気が付く。
「小さい時、『やくのおにいちゃん』っていうのが当たり前だったから、つい。…でももうそうやって呼ぶのもおかしいね」
面影は残っているものの、随分と男らしくなった夜久の姿に、『やくのおにいちゃん』という呼び名はもうふさわしくないだろう、と黒崎は思った。
けれど今更、他の呼び方をするのもなんだか気恥ずかしくて、戸惑ってしまう。
「なんて呼んだらいいんだろう?…夜久先輩?かな」
口に出してみるも、黒崎にはどこかしっくりこなかった。