第12章 合宿最終日ー試合前ー
事もなげにそう言う犬岡に夜久はなんだか腹が立った。
なんでコイツはこんななんだろう。
「いーよ。余計なことすんな」
確かめるのであれば、自分で。
今日の予定はここ烏野で練習試合をするだけだから、確かめる機会はどこかで訪れるだろう。
そんなことを考えながら、夜久はバッグを背負い直してまた黒崎の後ろ姿をぼんやりと眺めていた。
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「音駒のみなさん、到着されましたー!」
体育館に少しだけ顔を出して、黒崎がそう声を張り上げると、烏野のバレー部員達の視線が一斉に彼女の方へと集まった。
「どうぞ、お入りください」
黒崎がすっと手で入館を促すと、音駒の主将の黒尾が「ありがとう」と礼を言って体育館へ入って行った。
黒尾の後に続いて、音駒の部員達も続々と体育館へと足を踏み入れた。
「あのっ!」
荷物を置くよりも先に、犬岡は黒崎に声をかけた。
長身の犬岡の勢いに黒崎は少しだけ身を引く。
「この人、知りませんか?夜久衛輔って言うんですけど」
夜久の肩を掴んで、犬岡は黒崎の目の前に夜久を引きずり出す。
夜久は犬岡の行動を予測していなかったからか、目を丸くしたまま黒崎と顔を合わせた。
「え、えっと……」
周囲の部員達も、3人のやり取りに注目していた。
あちこちから刺さるような視線を感じて黒崎はどぎまぎしてしまっていた。
それでも黒崎は、犬岡に差し出されたまま身じろぎもせず佇んでいる夜久の顔をまじまじと観察して、記憶の中の顔と照らし合わせるように少し考え込む挙動に入った。
やや間があってから、黒崎の口からは懐かしい呼び名が漏れた。
「…あっ!!『やくのおにいちゃん』?!?」
「!!」
黒崎の口から飛び出たのは、懐かしい呼び名だった。
幼い頃、よく遊んだ少女から呼ばれていた、懐かしい呼び名。
「夜久さんよかっ「ええええ!マジで!マジであの美咲ちゃんか??!」
犬岡の言葉を遮って、夜久は黒崎に飛び掛からんばかりの勢いで近づいた。
気持ちは一気に幼い頃のものと同じになって、夜久は思わず黒崎の手を握りしめた。