第10章 2人の気持ち
ぼんやりしながら歩いていたものだから、先輩の気配に全く気が付かなかった。
どうやらなかなか戻ってこない私を心配して、部屋の外で帰りを待っていてくれたようだ。
「ごめん、気になってはいたんだけど、東峰が様子見に行ったみたいだったから遠慮してたんだ。…大丈夫、なの?」
心配そうに潔子先輩に顔をのぞかれて、ふわふわした気持ちも急に鳴りを潜めた。
こんな時間まで一人私を待っていてくれたことが申し訳なくなる。
「ご心配おかけしてすみません…。少し、家のことで母と言い争いをしてしまって…」
頭を下げる私に、潔子先輩は深く追求することなく、そっか、と短く返事をした。
心配してくれているけれど、私が話してくれるまで待つ、というスタンスのようだ。
今はとても詳しく話せる気分ではないので、潔子先輩のその対応はとてもありがたかった。
「…辛い時は、頼ってね。私に出来る事、少ないかもしれないけど…でも、そんな顔の美咲ちゃんを放っておけるほど、私薄情じゃないから」
潔子先輩は薄く微笑んで、明日に備えて今日は寝よう、と私の背を押して部屋に戻った。
窓際の寝床まで、すでに寝入っている女子バレー部員の人達を起こさない様に、抜き足差し足で進む。
「…おやすみ。また明日から、頑張ろうね」
「はい。おやすみなさい」
お互いささやくような声で、挨拶をかわして目を閉じた。
しばらくして潔子先輩が寝息を立て始めても、私は眠りに落ちることが出来ないでいた。
母と言い争って、神経が高ぶっているのはもちろんだけれど、何よりその後の旭先輩の行動が頭から離れない。
明日、どんな顔をして旭先輩と接したらいいのだろう。
一体全体旭先輩はどんなつもりであんなことをしたのだろう。
勝手な期待に胸が膨らんでしまいそうになるのを必死で抑える。
旭先輩は優しいから、きっと放っておけなかっただけだ。
それに何より、私が旭先輩のジャージを握って離さなかったんだし…。
でも、やっぱり心のどこかで、旭先輩も私と同じ気持ちでいてくれたらなぁ、と期待せずにはいられないのだった。