第9章 GW合宿 2日目 東峰side
ロビーに降りると、自販機の明かりと窓から差し込む月明かりくらいしか無く、薄暗いその雰囲気に背筋がゾクリとする。怖い話だとかお化け屋敷が苦手な俺は、こういう何でもない薄暗いだけの空間でも恐怖心が顔を出す。
しかし今は怖がってる場合ではない。
早いところ黒崎を見つけて、様子を確かめなければならない。
ぼんやり壁に浮かんだ時計に目をやれば、消灯時間までもうあと10分くらいだった。
大地が行けって言ったんだし、消灯時間を過ぎて部屋に戻ってもお咎めは無いと思うけれど、明日も朝は早いし、部屋に戻るのは早い方がいいだろう。
当の黒崎の様子は確かに気になるけれど、どうしてもいつもの明るい彼女の顔が浮かんで、様子を見てきてくれと頼まれたものの、事態はそんなに深刻ではないのではないか、と思ってしまう。
どこか楽天的な考えで、黒崎の姿を探すと、ロビーの隅から話し声が聞こえてきた。
そっと影から様子を窺うと、どうも携帯で誰かと話をしているようだった。
内容はここからだと聞き取れないものの、電話をしている黒崎は少し疲れたように見える。大地の言うとおり、たしかにいつもの彼女とは様子が違うようだ。
電話が終わってから、声をかけようか、このまま部屋に戻ろうか。
俺が悩んでいた時、急に黒崎は立ち上がって携帯に向かって大声をあげた。
「っ、また、引っ越すわけ?!
……ふざけないでよ!!…私が…私達がどんな思いで今まで引っ越してきたと思ってるの?!?もういい加減にして!!お母さんの色恋沙汰に振り回されるのはもううんざりだよ!!!」
見たことのない、黒崎の顔だった。
人間なんだから怒ることだって、そりゃああるだろう。
けれど、こんな風に怒りをあわらにしている人を見たことは、そうない。
それがいつもニコニコ笑顔のあの黒崎なのだから、衝撃は大きかった。
「……うよ。そうだよ…。もう、嫌だよ。振り回されるのは、嫌!」
叫んで、黒崎は携帯を床に投げつけた。
こんな姿の彼女も、見たことが無い。
それだけ黒崎は怒っているのだろう。
しゃがみこんで嗚咽を漏らす彼女に、なんと言って声をかけたらよいのだろう。
しばらく影から様子を窺っていたものの、そのままにしておくわけにもいかず、そっと近づいて声をかける。