第47章 不確かなものだから
旭さんの言葉に、ほんの少し男の子ははにかむように微笑んだ。
真っ青な色のシロップがかかったかき氷を手にして、男の子はまたお礼を口にする。
花壇のへりに腰かけると、男の子は削りたてのかき氷を嬉しそうに頬張り始めた。
かき氷が呼び水になったのか、男の子はそれから少しずつ会話をしてくれるようになった。名前は「りと」くん。妹とお母さんとお祭りに来たこと。
ついさっき妹と喧嘩してしまったこと。
好きな戦隊もののお面を見ていたらお母さんとはぐれてしまったこと。
話しているうちにまた寂しくなったのか、時折ぐっと唇をかみしめていたものの、りと君は泣くまいと我慢していた。
救護のテントについた時には、すっかり旭さんの腕の中が気に入ってしまったのかなかなか旭さんから離れようとしなかった。
「りと君、ここでママが来るの待ってようか」
救護テントのスタッフさんがそう声をかけても、りと君はふるふると首を振って旭さんにしがみついて離れない。
引き離そうとすればするほど意固地になるのか旭さんのシャツに皺が刻まれてゆく。
「…来ないもん。ママ僕のこと嫌いだから」
「そんなことないよ。ママは、りと君がいなくて心配して探してるよ」
「来ない! ママは僕のこといらないんだ!! だから、だから僕を置いてった」
りと君の涙声が、胸を刺した。
“ママは僕のこといらないんだ”
その言葉が頭から離れない。
自分が捨てられたと、思ってる。
だけど母の姿を探さずにはいられない。
寂しさと心細さ。不安と怒り。
めちゃくちゃでぐちゃぐちゃになった自分の心に急き立てられて、どうしていいか分からない。
私は、りと君に自分の姿を重ねていた。
りと君の頭を撫でながら言葉を紡ぐ。
「そんな事ない。ママはあなたを捨てたりしない。嫌いなはずない。お祭りに連れて来てくれる優しいママだよ。りと君のこと大好きなんだよ」
そうだ。
捨てたりしない。
きっと戻ってくる。会いに戻ってくる。
そう思いたかった。
また前みたいに母と些細なことで笑ったり、喧嘩したり。
何か特別なことなんて起きなくていい、ただ何気ない日常が、母のいる日常が過ごせるのなら、それでいい。
気付けば、頬を冷たいものが伝っていた。
流れ落ちた涙の粒がりと君の上にぽとりと落ちる。
私の涙につられて、腕の中のりと君がしゃくりあげ始めた。