第47章 不確かなものだから
だから今は、まだ言わないでおこう。
「そういえば、こっちでは8月にあるんですね七夕」
「ああそっか…全国的には7月だもんなぁ。谷っちゃんともそんな話したな」
“谷っちゃん”
その音がいやに耳についた。
心臓に小さな棘が刺さったような、嫌な感じがする。
ただ仁花ちゃんのことを呼んだだけだ。それだけなのに。
「へぇ……そうなんですね」
ああ嫌だ。声のトーンが勝手に落ちていく。
どうか先輩に気付かれませんように。
「お天気お姉さんが“絶好の七夕日和ですね”ってテレビで言っててさ。俺とか谷っちゃんにしたら七夕って8月だから変な感じするねって話をしてさ」
また、ちくんと痛みが走る。
口元がへの字になってるのが自分でも分かる。
子供じゃないんだからこんな小さなことで嫉妬してどうするんだって思うのに。
私だけ特別扱いして、なんて子供じみた考えがじわじわと心に広がっていくのを止められない。
なんて醜い。なんて心の狭い。
「…どうしたの? 俺何か気に障るようなこと言った……?」
最悪だ。
旭先輩を困らせてどうするの。
こんな小さな醜い自分を知られたら、旭先輩に嫌われてしまうかもしれない。
自分でも呆れちゃうんだから、旭先輩からしたら面倒くさい子だって思うだろう。
でもうまく誤魔化すこともできない。急にむくれた今の私を取り繕う上手い言い訳なんてひとつも思いつかないんだもの。
「ごめんなさい。私、心がめちゃくちゃ狭いみたいです」
「えっ?」
「……旭先輩が仁花ちゃんの事、あだ名で呼んでるから。羨ましく思って。こんなことで嫉妬するなんて呆れちゃいますよね」
名前で呼んでほしいって可愛くお願いすればいいだけなのに、先に嫉妬するなんて子供みたいで恥ずかしい。
先輩も困ってるのか黙ったまんまだし。
「……あー……」
「ごめんなさい! 忘れてください、今の言葉」
せっかくのデートなのに、私はバカだ。
こんな小さな、ただの呼び方を気にして。
楽しい雰囲気をぶち壊して、何やってるんだろう。
自分で言っておいて泣きそうになっている私の思いとは反対に、旭先輩は微笑んでいた。