第47章 不確かなものだから
自分でも現金なやつだと思う。
花火大会に行くことになっただけで、足取りすら軽く感じるんだから。
**********
「今日は昼で上がりな。居残って練習すんじゃねーぞ」
烏養コーチの言葉に、皆返事はするもののどこか消化不良な顔をしていた。
もうすぐ試合もあるし、一分でも一秒でも練習がしたいんだろう。
だけどいくら普段部活で鍛えているとはいえ、今日の暑さは尋常じゃない。武田先生からも厳命が下り、一番練習したがりそうな日向達もしぶしぶながら体育館を後にする。
夕方まで部活だと思っていたから、思ったよりも花火に行くまで時間の余裕が出来た。
一度シャワーを浴びてゆっくり準備出来るのは嬉しい。
「じゃあ、17時ごろ迎えに来るから」
「はい。準備して待ってますね」
「うん、また後でね」
家に帰るとお姉ちゃんが仁王立ちして待っていた。
並々ならぬ気迫に押されそうになる。
私よりも気合が入っているみたいだった。
「着方教えるから、自分で着られるように覚えておきなね。何があるか分かんないんだし」
浴衣を着せながらお姉ちゃんがそんな事を言うものだから、びっくりして首を振る。
「何もないよ!絶対」
自分で着なきゃいけなくなるような事なんて、起きるはずがない。
だって花火を見に行く、それだけなんだから。
それにそういうのまだ早いと思うし。そういうの大人になったら、するのかもしれないけど。
「絶対ってのはないのよ。熱に浮かされることだってあるんだから。…でも、あんたがそういうつもりないんなら、ちゃんと意思表示はしなさい。旭くんなら無理矢理ってのは無いと思うけど。嫌なことはきちんと嫌だって言葉と態度で示さなきゃ駄目よ」
絶対は、ない……姉の言葉にふと合宿の時のことが思い返された。
合宿の時、一度だけ。旭先輩の目が怖かった時があった。
見回りの先生に見つかると思って、先輩を教室に引き込んだあの時。
ふとしたはずみで押し倒された私を見る、旭先輩のあの目。
熱に浮かされたような、それでいて獲物を仕留めようとしている猛獣のような鋭さをもった眼差し。
今なら分かる。あの時の旭先輩はきっと──。
「うん、分かってる……ちゃんと嫌なことは嫌って言うから」
「ごめんね。幸せな時にあれこれ忠告するのも野暮だと思うんだけど。でもこういうの大事な事だから」
「うん」