• テキストサイズ

【HQ】恋愛クロニクル【東峰旭】

第46章 おかえり


漂う香水の香りは母のものと同じだったけれど、それはたまたま同じものを使っていただけだろう。
去っていく後ろ姿も、よく見れば母とは違っていた。

私はまだ、心のどこかで母の面影を探してしまっているのだろうか。
つきんと胸が痛む。
衛輔くんの家で過ごしたせいだろうか、ひどく母の存在が恋しい。もう一度ちゃんと、母と話がしたい。

「黒崎、大丈夫?」

突っ立ったまま動かないでいる私の顔を、旭先輩は心配そうにのぞきこんだ。

「大丈夫です。ごめんなさい、急に。少し、母に似てたから……」

へらりと笑うと、旭先輩は悲しそうな顔をした。
どうしてだろうと思う間もなく、旭先輩は私を腕の中に閉じ込めた。

「大丈夫じゃないだろ。いつも言ってるけど、辛い時はちゃんと『辛い』って言わなきゃ駄目だよ。無理して笑わなくていい。頼むから俺の前で嘘つかないでほしい」

腕にこめられた力が強くなる。
あったかい。私が寄りかかっても倒れそうにない大きな先輩の体に、ふと心が軽くなるのを感じた。
いつもこうだ。先輩はいつも私の欲しい言葉をくれる。
けれど、全部まるっと包み込む大きな優しさにどこまで甘えていいのか戸惑ってしまう。

「あれこれ考えて躊躇しないで。俺はどんな事だって、受け止めるから」

その言葉は嘘じゃない。
これまでだって、旭先輩はもう十分私のありとあらゆる事を受け止めてくれている。
優しすぎる優しさに、目頭が熱くなっていった。

「ありがとうございます」

顔を先輩の胸にうずめたまま、くぐもった声でお礼を言う。
するとまたぎゅっと抱きしめられて、ふわふわと頭を撫でられた。


**********

「遅ぇ」

家の前には、兄が仁王立ちで待っていた。
それまで繋いでいた手をそっと後ろ手に隠しても、後の祭りだった。
旭先輩を凄い形相で睨みつけながら、話があると家の中に引き込もうとする兄を必死で止めようとするも、旭先輩の体はずるずると引きずられていく。

大騒ぎしながら玄関に足を踏み入れると、なぜかパン!と乾いた音が響いた。
クラッカー片手に満面の笑みで出迎えた姉に、鬼のような形相の兄は毒気を抜かれたようになっていた。
おかげで真っ青な顔をしていた旭先輩は兄の腕から解放されることになったんだけれど……。
/ 460ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp