第46章 おかえり
「……ごめん。あの子に彼氏が出来たからって、あたしの罪が許されたとは思ってないよ。あんたのその目の下の傷も、あたしが」
「姉貴のせいじゃねぇって、何度も言ったろ。…頼むから、もうこの話はやめてくれ。吐き気がする」
「……」
ズキズキと痛む傷に、無意識に触れてしまう。
もう随分前に負った傷なのに、触れれば今でもくっきりとその跡が残っている。
あの、夏祭りの日。
それまで楽しかったはずの思い出が、一変した日。
あの日を境に、俺達の人生は少しずつ狂っていったのかもしれない。
不良のマネをやめて真っ当な道を歩みだした姉貴も、表面だけを見れば『まとも』な『正常』な人間になったように見えるかもしれない。
だが、美咲をあんな目に合わせてしまったのは自分が原因だと、いまだに引きずっている。
妹を酷い目に合わせたという負い目は、目に見えなくとも姉貴の心に楔のように打ち込まれている。
シスコンだなんだと馬鹿にされる俺だって、そうなんだろう。
あの日、美咲から目を離さなければ。
もっと早く、いなくなったことに気が付いていれば。
たらればの話をいくらしてもしょうがないことは分かっている。
だが、もし少しでも俺の取っていた行動が変わっていたら、美咲は辛い目に合わずに済んだんじゃないかと、考えずにはいられない。
あの事件に関わった全員の心の中には、いまでも暗く重たい何かが澱んでいる。
***********
改札口が見えてきたのと同時に、旭先輩の姿が目に飛び込んできた。
柱の横で所在なさげに佇んでいる。
胸の前で小さく遠慮がちに手を振る先輩の姿が微笑ましかった。
「おかえり黒崎」
「ただいま、旭先輩」
ぽん、と優しく頭にのせられた旭先輩の大きな手が、ゆっくりと頭を撫でた。
通り過ぎる人の視線を感じて、少し気恥しくなって思わず顔を伏せてしまう。
「…ご、ごめん。……黒崎に触れたくて、つい」
先輩の言葉に、胸がギュッと締め付けられる。
これまで、どんな顔をして先輩と話をしていたっけ。
つい数日前に付き合うことになってから、まだろくに会話をしていない。
何を話せばいいのか、どんな態度をとればいいのか分からないまま、私は旭先輩の後をついていった。