第46章 おかえり
「美咲のヤツ、今日帰ってくんだろ」
「そうよ。旭くんが迎えに行ってくれてる」
キッチンでは、姉の眞莉愛が忙しそうに動き回っていた。
バイトから帰ってきた俺は、テーブルに並ぶご馳走の数々を見て驚いていた。
妹が1週間ぶりに帰ってくるのがそんなに嬉しいのだろうか。
それにしても赤飯まで炊いてあるなんて、まるで何かの祝いの席のようだ。
「アイツが帰ってくるからって、ちっと豪勢過ぎじゃねぇか?今日の晩飯...」
確かに、美咲が急に行方をくらまして帰ってきたのはほんの2週間前のことで。
それからすぐに部活の遠征合宿に行ってしまったから、妹が家に帰ってくることは嬉しいことだ。
だけどそういった事情を考えたとしても、姉貴の作った料理の数々は豪華すぎるものだった。
「当たり前よ。あの子のお祝いも兼ねてるんだから」
「お祝い? 何の」
誕生日はまだ当分先だ。
他に何か祝うようなことがあっただろうか。
疑問符を浮かべたままの俺に、姉貴は星が飛び出そうなウィンクをよこす。
「旭くんと付き合うことになったお祝い」
3秒ほどの間を置いて、俺の口から驚きの声が飛び出た。
「はぁぁぁ?!? んだソレ?! 俺は聞いてねーぞ?!」
「そりゃアンタには言わないでしょ。旭くん殴りかねないし」
「んな事はしねーよ。……アイツなら、俺は別に」
「あはは、アンタ旭くんのこと気に入ってんもんね」
「別に、そういうんじゃねーけど……」
ブツブツと言葉を吐き続ける俺に、姉貴は眉を八の字にさせてクスクス笑っている。
なんかムカついて、そのまま椅子に音を立てて腰かけた。
「…私、ホッとしたの。あの子がちゃんと、男の人と付き合えて。旭くんのこと、好きになってくれて良かったって。……あの時の事、絶対トラウマになってると思ったから」
ズキ、と左目の下が痛む。
「その話はするな」
一睨みすると、姉貴は申し訳なさそうな顔をした。
目の下の痛みは、数秒おきにズキズキと強くなっていく。
まるで『忘れるな』と主張しているかのようだ。
忘れたくても忘れられない。
悪夢のようなあの出来事は。