第45章 【過去編】 あの頃のぼくらは
「…美咲ちゃん…?」
思わず美咲ちゃんの名を口にしてしまった。
ごそごそ動く影は明らかに美咲ちゃんのものでは無かったのに。
俺の声を聞いて、黒い影がこちらを向いたのだろう、暗闇にぎょろりと目玉が浮かぶ。
だんだんと暗闇に慣れた目に、部屋の詳細が浮かび上がってきた。
黒い影の先、ソファの上に、影に押し付けられた美咲ちゃんの姿があった。
よく見れば床の上に下着が落ちている。
「…たす、けて」
か細い美咲ちゃんの声が聞こえて、俺と義明は同時に影に向かって駆けだしていた。
「うああああああああああああ!!」
叫び声をあげて義明が影に飛び掛かる。
俺も加勢しようと、影の足元に組み付いた。
立ち上がって逃げようとした影は、俺に足を取られて尻もちをついた。
「美咲に何してんだ!!」
義明が影めがけて拳を振り下ろす。
影はすんでのところで拳を受け止め、そのまま力いっぱい義明を放り投げようとした。
俺は必死で足にしがみつく。
そして力の限り足に噛みついてやった。
「ってぇ!」
影が痛みに声をあげた。
その声は若い男の声だった。
俺達は無我夢中でその男と戦った。
後から考えたら、なんて無謀なことをしたんだろうと思うけれど、その時は二人ともそんなことを思う余裕なんてなかった。
義明はめげずに何度も男に殴りかかった。
俺も噛みついたり引っかいたり、とにかく暴れた。
「こンの、クソガキ!!」
さすがに小学生では力でかなうことは難しかった。
男は義明を投げ飛ばし、義明の体が庭に続く窓ガラスにぶち当たった。
「う……」
小さくうめいて、義明はお腹を抱えてうずくまった。
「馬鹿だろ、お前らが俺に力で勝てるはずねーじゃん……」
ぐぐっと、俺の首根っこを掴みながら、俺を引きずって男は義明の方へ歩いていく。
男は床に転がったままの義明の頭を踏みつけたかと思うと、勢いをつけて義明のお腹を蹴った。
「ぐぅっ……っ……」
うめき声とともに、義明の口から胃の中のものが飛び出る。
このまま殺される。
最悪の事態が頭をよぎった時、室内がパッと明るくなった。
「……な、に……してんの……」
血で滲む目をこらすと、リビングのドアの前で呆然とした顔で義明達の姉ちゃんが立っていた。