第45章 【過去編】 あの頃のぼくらは
「あ……」
男は固まったまま、動かなくなった。
首根っこをつかまれたまま男の顔を見上げてみれば、その男は義明達の姉さんと一緒にいた、若い男だった。
「あ、ち、ちがう……これは、こいつらが……」
それまで俺達を殺そうとしてた男は、急にその勢いをなくして弁明を始めた。
お姉さんは無表情のまま、すたすたと男に近づいたかと思うと、一言だけつぶやいた。
「消えて」
そして言うなり男の顔面を殴りつけた。
血しぶきと嗚咽交じりの声を上げて、男はうずくまった。
うずくまった男に今度は蹴りを一発。
しかも股間を一撃だった。
男はそのままその場にうずくまったまま、動けなくなってしまった。
「…美咲、ごめんね…私のせいで、こんな……。義明も、君も……全部私のせいだ……」
お姉さんはボロボロと涙を流しながら、俺達に謝り続けた。
「……お姉ちゃん、わたし、だいじょうぶ……」
また、美咲ちゃんは嘘をつく。
美咲ちゃんが一体男に何をされたのか、は俺には分からない。
だけど、怖い思いをしたのは確かで、助けを求めていた。
「美咲ちゃん、嘘つかなくていいんだ……大丈夫じゃない時は、大丈夫じゃないって言って、いいんだよ」
それでも美咲ちゃんは、俺の言葉にぶんぶんと首を振る。
「……私は、だいじょうぶなの。…私より、お兄ちゃんたちの方が大丈夫じゃないもの……」
「バカか。こんなんどうってことねぇし。俺達をなめんなよ」
「バカって言う事ないだろ、義明」
「大バカだろ、こいつ。自分の事より人の事心配しやがって」
だから、ほっとけないんだよ。
ぽそりと義明が漏らした言葉を、俺は聞き逃さなかった。
もみ合ううちに切ったのか、義明の目の下には大きな切り傷が出来ていた。
そこから流れる血に、涙が混じっているような気がした。
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祭りの事件があってしばらくは、美咲ちゃんも義明も入院していて、俺1人の時間が多くなった。
二人が病院から帰ってくるのが待ち遠しかった。
けれど、二人が俺の前に姿を現すことはなかった。
これが、俺と義明と美咲ちゃんの『あの頃』の顛末。
まさかこの後、8年越しに再開するなんて、この時の俺は思ってもいなかった────。