第45章 【過去編】 あの頃のぼくらは
なんで、美咲ちゃんは笑うんだろう。
俺の疑問に、返ってきた答えは驚くものだった。
「……ケンカ、終わったから」
また、にへらっと美咲ちゃんが笑った。
美咲ちゃんにとって、ケンカが終わることの方が、自分の痛みよりも大事なのか。
兄の義明も大概だと思うけど、美咲ちゃんも他の子とはどこかちょっと違うと、この時俺は感じた。
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それからまた数週間経ち。
義明は相変わらずで、美咲ちゃんもよくへらへらと笑っている。
子供心に、黒崎家はどこか変わっている、とひしひしと感じていた。
義明と美咲ちゃんの他にもう一人お姉さんがいるらしいけど、ほとんど姿を見なかった。
たまに見かけたときは、いつも男の人と一緒だった。
だらしなく制服を着崩して、足元は汚れてくたびれたスニーカーの男の人は、通りかかる俺達をニヤニヤしながら見てくるから、なんか嫌だった。
特に何をしてくるわけでもないんだけど、雰囲気が怖かった。
派手な髪色だったし、高校生だから、俺達には大きく見えて、怖く映っていたんだと思う。
それに加えて、あそこの家の子は「不良」だと、近所のおばさん達が噂しているのを聞いたから、余計にイメージが悪かったのもあると思う。
──母親が「ミズショウバイ」だからねぇ──
──蛙の子は蛙ってやつかね──
「ミズショウバイ」の意味はよく分からなかったけれど、誉め言葉じゃないのはなんとなく分かった。
うちの母さんは近所の人の悪口は聞き流している。
それどころか、噂話がひどくなるにつれて、余計に黒崎一家の心配をしているようだった。
学校からの帰り道、ランドセルの山がもそもそと動いているのが目に入った。
ランドセルのお化けでも出たのかと一瞬思ったけど、よく見てみると、小さな女の子が必死にいくつものランドセルを抱えて歩いていた。
「おーそーい! あそこの電柱まで追いつかなかったら、美咲ちゃんまた運ぶ役ね!!」
遠くでケラケラと数人の女の子の笑い声が響く。
あの子達のランドセルを運んでいるのは、美咲ちゃんだ。
ジャンケンで負けたやつがランドセルを運ぶ遊びだろう。
俺も何回かやったことがある。