第45章 【過去編】 あの頃のぼくらは
「お前んち、貧乏なの? お父さんいないから?」
クラスメイトの口から出たのは、とても無神経な言葉だった。
それまでの義明の、決して友好的と言えない態度があったことを差し引いても、クラスメイトは言ってはいけないことを口にしていた。
あっ、と思った次の瞬間には、義明はクラスメイトに殴りかかっていた。
俺は義明をなんとか止めようと、クラスメイトと義明の間に割って入ろうとした。
「義明、やめろ!」
義明はクラスメイトに馬乗りになり、拳を振るい続ける。
殴られたクラスメイトの顔からはあちこちから血が飛び散り、仲裁に入った俺の顔にもしぶきが飛んできた。
その光景を見ていた女子から悲鳴があがり、何人かの女子は「先生!」と叫びながら体育館の外へ駆け出して行った。
「やりすぎだよ! もういいだろ!!」
間に入った俺も、義明は構わず殴ってくる。
血濡れの拳が、口元にあたり、口の中に鉄の味が広がる。
義明に何発か殴られたところでようやく、女子に呼ばれてやってきた男の先生が義明を抱えて引きはがしてくれた。
「何があった?!」
驚いている先生に、一部始終を見ていた子達が事情を説明した。
「…そうか、分かった。ひとまず怪我の手当てをしないと。怪我した子は保健室に。義明くん、ちょっと先生と話をしよう」
俺も一緒に保健室に行くことになり、保健室の先生に手当てをしてもらってから、職員室で話を聞かれた。
暴力をふるった義明は悪いと思う。
いくら言われて嫌なことだったからといって、あそこまで殴るのは異常だとも思う。
だけど、そのきっかけを作ったのは紛れもなくクラスメイトの方で。
俺は先生に事情を聞かれたときに、その点だけはハッキリと伝えた。
先生はただ、「そうか」と小さく頷くだけだった。
その事件があってからは、義明はクラスでますます浮いていた。
浮く、というよりも、みんな腫れ物のように扱っていた。
何が義明の怒りのスイッチになるか、みんなビクビクして毎日過ごしていたように思う。
よっぽどのことが無い限りは、誰も義明に話しかけたり近づこうとしなかった。
学校での様子を家で母さんに話すと、母さんは「うーん」と何事か考えこんだ様子だった。
お隣のよしみだからか、母さんはひどく義明達のことを気にかけていた。