第45章 【過去編】 あの頃のぼくらは
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「おはよう」
朝、玄関前でお隣の義明と美咲ちゃんに挨拶をする。
「……」
「おはよう」
義明はだんまり。
挨拶を返してくれるのは美咲ちゃんだけ。
義明は誰に対してもそうだったから、もう気にするのはやめた。
こいつはそういう奴なんだって、思うことにした。
母さんは、義明の家は色々と『複雑』だから優しくしてあげてね、なんて俺に言ってくるけど、当の本人がああいう態度をとるんだから、もうどうしようもない。
義明が手を出してきたのは、初めて会ったあの時だけで、それからは声をかけても無視されるだけだった。
面倒くさいな、と思うものの、学校までは登校班で行かなきゃいけない。
困ったことに、義明とは同じクラス。
行きも帰りも一緒にいなきゃいけなくて、俺はちょっと憂鬱だった。
唯一の救いは、美咲ちゃんがいること。
美咲ちゃんが俺と義明の間に入ってとりなしてくれるから、俺達三人はなんとかうまいことやっていた。
クラスでも義明は浮いた存在だった。
転入初日の挨拶の時から、目つきは悪いし、話しかけにいったクラスメイトに対して目すら合わせようとしないし、そんな奴と誰も親しくしようなんて思わないだろう。
義明の方は、はなから誰かと親しくする気なんてさらさらないから、クラスで浮いてようがどうしようが、これっぽっちも気にしてないみたいだった。
お互い近づかない。
そのままだったら、特に問題はなかった。
はずだった。
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ある日、体育の授業でのことだった。
「お前、それ夜久の体操服じゃん」
クラスメイトの1人が、義明の体操服を指さしてそう言った。
俺の学校では、体操服に苗字が刺繍してある。
義明の着ている体操服の左胸のあたりは、マジックで黒く塗りつぶされているものの、下に刺繍してある「夜久」の文字が透けて見えていた。
俺のお古が気に食わない義明が、黒く塗りつぶしたらしい。
けれど、それが逆に名前を目立たせる結果になってしまっていた。
「……」
義明はいつものように黙ったままだ。
ただ、目だけは指摘してきたクラスメイトをじっと睨みつけている。