第45章 【過去編】 あの頃のぼくらは
その傷ついた心を適切に表現する術を、義明は持ち合わせていなかった。
けれども、義明は黙ったまま痛みに耐えるような子供では無く、痛みと苛立ちを、暴力という形で衛輔にぶつけた。
振り上げた義明の拳が衛輔の頭めがけて飛んでいく。
ごつんっ、と鈍い音がして、けれどひとつも痛みを感じないことに衛輔が不思議に思っていると、義明と自分の間に小さな女の子がいることに衛輔は気が付いた。
「だ、大丈夫……?」
先ほどの音は、確かに義明の拳が、この小さな少女の頭に当たった音だ。
しかし、心配そうに声をかけた衛輔の方に振り返った少女の顔は、へらりと笑みを浮かべていた。
「だいじょうぶだよ」
少女はそう言うものの、目じりには涙が浮かんでいるし、
拳が当たっただろう額はうっすら赤くなってきている。
「でも、おでこ……」
衛輔がさらに心配そうな声をあげると、また「ゴツン」と鈍い音が響いた。
「義明! 何してんの!」
義明の母親が、また義明の頭に拳骨を食らわせたらしい。
義明はぐっと唇を噛み締め、ついにはその場から逃げ去ってしまった。
義明の背後に向けて、母親はまた義明の名を叫んだが、義明は振り返ることなく家の中へ消えていった。
「おかあさん、私、だいじょうぶ」
少女はまた、へらりと笑って見せた。
おでこは先ほどより赤く腫れているにもかかわらず、少女は痛そうなそぶりを一切見せなかった。
「冷やすの持ってくるから、待ってて!」
何故少女がかたくなに「だいじょうぶ」だと言い張るのか、衛輔にはさっぱり理解できなかった。
けれど、痛みを我慢する少女を放っておくことは出来ず、衛輔は冷蔵庫へと駆けた。
「はい、これおでこに当てて」
「…ありがとう」
保冷剤を手渡した衛輔に、少女は今度は少しはにかんだ笑顔でお礼の言葉を口にした。
そのはにかんだ顔が可愛くて、衛輔は少しだけ胸がドキリとした。
けれどその可愛らしい笑顔も、少女はすぐに曇らせた。
どうしたのだろう、と衛輔が思うと、少女が口を開いた。
「……ごめんね」
「え? 何が?」
「お兄ちゃん、自分の気持ちうまく言えないの。だからすぐ暴力をふるっちゃう。…だけど、ほんとはいい子だから、お兄ちゃんと仲良くしてください」
少女がぺこりと頭を下げる。
こんなしっかりした子が義明の妹だとは、衛輔は信じられなかった。