第45章 【過去編】 あの頃のぼくらは
にこっと笑顔を向けたが、義明はぷいっと明後日の方向に顔を向けてしまった。
すると次の瞬間、ゴツンと大きな音がした。
見ていた衛輔も思わず顔をしかめてしまうくらい、痛そうな音。
先ほどまで綺麗な笑顔を浮かべていた女性の顔は、半分ひきつっている。
「義明、挨拶だけはちゃんとしなって言ってんだろ」
母親の低い声音に、義明はビクッと身をすくめる。
──怒るとうちの母さんより怖いかもしれない。
衛輔は義明に少しだけ同情した。
「まぁまぁ、義明くんも緊張してるんでしょうし」
「すみません、うちシングルなんで至らないことも多くて……躾だけは厳しくしてるんですけど」
「この年頃になると色々ありますしね。あまり気になさらないで」
母親達はそこから学校の事やこのあたりの事など、長々と話し込み始めてしまった。
痛そうな拳骨をもらった義明も、興味本位で顔を出した衛輔も、手持ち無沙汰で退屈だった。
──さっきはうまくいかなかったけれど、せっかく隣に同い年の子が引っ越してきたんだ。
もう一度声をかけてみよう。
衛輔は持ち前の明るさで、もう一度義明に接触を試みた。
「ねぇ義明くん、義明くんは遊び何が好き?」
「……」
さっきの今だ。
すぐには義明は心を開きそうになかった。
けれど衛輔はめげずに話を続ける。
「俺さ、こないだ父さんにゲーム買ってもらったんだけど、一緒にやらない?」
「……すんなよ」
「え?」
「自慢、すんなって言ってんの」
衛輔には義明の言葉の意味が分からなかった。
一体今の会話のどこに、自慢があっただろうか。
衛輔としては、いたって普通の会話をしたつもりだった。
「自慢なんかしてないけど」
さすがの衛輔も義明の態度に少々ムッとして、言葉に若干の怒りがこもる。
「うちにはどっちもねぇし」
ますます衛輔には意味が分からなかった。
一体何が「無い」というのだろう。
いわゆる『普通』の平均的な家庭に育った衛輔には、義明の心中に渦巻くものには、考えも及ばなかった。
「…? どっちもねぇ、って? どういう意味?」
その衛輔の純粋な質問が、義明にはひどく堪えた。
『普通』は、分からないのだと。
一般的な家庭には、あって当然なのだと。
自分の家が『普通』ではないと分かっていた義明だったが、改めてその事実を知らされたことで、彼は深く傷ついていた。