第45章 【過去編】 あの頃のぼくらは
近所に友達がいないわけではなかった。
けれど、衛輔は放課後バレーをやっているから、なかなか友達と遊ぶ機会が無かった。
隣の家に友達が出来れば、ちょっとの時間でも遊べるかもしれない。
なんなら、一緒にバレーをやれるかもしれない。
一体どんな子なんだろう。
衛輔は楽しい想像しか出来なかった。
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引っ越し業者のトラックが隣の家の前から走り去っていったのは、お昼過ぎだった。
衛輔が母が焼いてくれたお好み焼きにかじりついたまさにちょうどその時、衛輔の家のチャイムが鳴った。
リビングのドア横にあるモニターに、隣に引っ越してきた女性と子供が映っている。
衛輔は頬張ったお好み焼きをゴクンと飲み込んで、玄関へ向かう母の後を追った。
「こんにちは。隣に引っ越してきた黒崎と申します。お近づきのしるしにこちらを……」
「あら、わざわざいいんですよ。そんな気を遣われなくても」
大人特有の、まどろっこしいやり取りに、衛輔は躊躇なく首を突っ込んだ。
「なに?母さん、何もらったの?」
「こら、衛輔」
母の後ろから顔を出した衛輔に、挨拶に来た女性が身をかがめてにっこりと微笑む。
女性の甘くむせ返るような匂いに、衛輔は思わず鼻をつまみそうになった。
お化粧もばっちりで衛輔から見ても美人ではあったが、どうにも彼女の匂いだけは好きになれそうになかった。
「初めまして、衛輔くん。衛輔くんは何年生?」
匂いはともかく、声音は優しく、何より笑顔が綺麗な女性に問われて、衛輔は元気よく答えた。
「四年生!」
「あら、じゃあうちの義明と一緒だ」
言うと女性は傍らに佇んでいる男の子に視線を落とした。
『義明』と呼ばれたその男の子は、鋭い目つきで衛輔をじっと見つめている。
警戒、敵対。
そんな言葉がしっくりくるような視線に、衛輔は若干戸惑った。
けれどそんな義明の目つきの悪さをよそに、大人二人は「同い年」という共通項を見つけたことで、自分達の子が仲良くしてくれたら、という思いを抱いているようだった。
母親達は言葉にはしないものの、衛輔にはなんとなく二人の気持ちが感じ取れた。
──ただ目つきが悪いだけかもしれない。
元来ポジティブ思考な衛輔は、義明の鋭い視線をそんな風にとらえ、義明に一歩近づいた。
「俺、夜久衛輔。義明くん、よろしくね」