第44章 久しぶりの団欒
「うわっ! 何すんだよ、母さん!」
顔面にまともに塩をあびて、しかめっ面で真由美を睨んだのは、息子の衛輔だった。
パラパラと落ちる塩の粒を軽く払いながら、母の行動に衛輔は首をかしげた。
「なんで塩なんか撒いてんの」
「ちょっとね」
真由美は詳しく話そうとはしなかったが、深く突っ込んで聞くほど衛輔には元気がなかった。
合宿の疲れと、失恋の痛手もあり、衛輔は疲れた顔で肩に塩の粒をいくつか乗せたまま家に上がった。
「あ、お帰りなさい衛輔くん」
「おう、ただいま美咲ちゃん」
つとめて平静を装って、衛輔はにかっと笑って見せた。
それが衛輔なりの気遣いだと分かったのか、美咲も衛輔と同じように、にこっと笑みを浮かべた。
「お? いい匂いする! カレー?」
「うん。真由美さん特製のチキンカレーだよ」
「マジ! やった!!」
子供のようにはしゃぐ衛輔に、美咲の顔に今度は自然と笑みが浮かんだ。
つい先ほどの出来事を、お互い忘れたわけではない。
けれど、あの告白など無かったかのように、衛輔も美咲も互いに接していた。
「あら、あなたも帰ってきてたの? お帰りなさい」
「ただいま」
玄関先で、真由美と男性の声が聞こえ、美咲は玄関へ続くリビングの扉を見やった。
扉の真ん中、磨りガラスになっている部分に、真由美ともう1人の影がぼんやりとうつる。
ゆっくりと開いた扉から、衛輔の父──守(まもる)がひょっこりと顔をのぞかせる。
美咲と目が合うと、守の細い目がさらに細くなり糸のようになった。
にっこりと穏やかな笑顔を浮かべて、守は美咲の訪問を歓迎してくれた。
「お久しぶりです、守おじさん」
「久しぶり。元気そうで良かった。一泊だそうだけれど、ゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます」
守は挨拶を済ませると、リビングのテーブルにポン、と紙袋を置いて着替えの為に自室へと消えていった。
「あら?」
真由美がテーブルの上の紙袋を見て、眉根を寄せる。
──この紙袋、何か見覚えがある。
ハッと真由美が思い出した時には、美咲も同じようにその紙袋の正体に気づいた。
先ほど、織部が玄関先で真由美に渡そうとしていた、あの紙袋だ。