第42章 シロツメクサ
「…少し、長くなるかもしれませんが、話を聞いてもらえますか」
旭先輩は少し驚いた様子だったけれど、すぐに頷いた。
「うん、聞くよ」
答えの出る話じゃない。
旭先輩に限らず、他の誰にも解決できる問題じゃない。
今までだったら、絶対他の人に話したりなんかしない事。
聞かされる側からしたら、きっと言葉に困ってしまうような話だ。
だけど旭先輩なら受け入れてくれるような気がして。
私はゆっくりと自分の思いを言葉にしていった。
「……さっき、姉から電話があって。母が……家に帰って来たって話だったんです。それで、姉が母と代わってくれようとしたんですけど……」
そこまで話して言葉に詰まってしまった。
さっきの電話越しの兄の声が何度も響く。
──お前と話す気はねぇんだと!──
──あいつはもうお前のこと、もう自分の子だなんて思っちゃいねぇんだから──
視界がぼやけて、また泣きそうになるのを必死でこらえた。
涙をこらえたせいで唇が震えてしまう。
旭先輩は何も言わずに、そっと私の背中をさすってくれた。
優しい手のひらの熱が、頑張れ、と背中を押してくれているようだった。
「……母は、私と話をしたくなかったみたいで。
……前の、ゴールデンウィークの合宿の時…私、母に酷いことを言ってしまったんです。その時から、ずっと母とギクシャクしてて……母と気まずいまま、祖母が家に来て、連れて行かれて…それからずっと、母には会っていないんです。声すらも聞いてないんです」
私の話に耳を傾けながら、旭先輩は時折頷いている。
そのたびにチラリと先輩の顔を見て、私はまた視線を足元に落とす。
「…母のことを、憎んでいたのに。母のせいで迷惑したこといっぱいあるのに。…だけどそれでも、心から嫌いにはなれなかった。また、母に会いたい。会ってちゃんと謝りたい。だけど、母は、もう私のこと……っ、自分の子だなんて思ってないって……」
そこまでなんとか堪えていたのに、涙がひとつ、またひとつと零れ落ちていった。
言葉にすると、より傷を抉るようで苦しかった。
背中をさする旭先輩の手の動きが、さっきより大きくなった気がする。
下を向いて涙をこぼす私を、いったいどんな顔で見ているのだろう。
先輩の顔を見るのは気まずくて、なかなか顔を上げられない。
「……ごめんなさい。こんな暗い話なんかして……」