第41章 心模様
菅原先輩は何の気なしに発言したみたいだった。
冗談交じりの、本気じゃない感じ。
「…さぁ……そういうこと、旭先輩はしなさそうですけど……」
旭先輩は覗きとかそういうの、するタイプじゃない。
でも、昨日の、床に倒れた私を見下ろしてた先輩は……。
熱に浮かされたような、それでいて獲物を仕留めようとしている猛獣のような鋭さをもった眼差し。
あんな目をした旭先輩を見たのは初めてだった。
怖いと思った。
それと同時に、何をされても構わないとも思った自分がいた。
時間にしたらほんの一瞬の出来事だったのに、あの目に私はずっと捉えられてしまっている。
「まぁ、旭にそんな度胸があったら、大地に“ひげちょこ”なんて呼ばれてないだろうな」
そう言って笑う菅原先輩に、考えていることを気取られないように同じように笑い返す。
昨夜のことは、私と旭先輩だけの秘密。
2人だけの…。
「ホントはさ。俺らで肝試ししようって思ってたんだ。そしたら旭と美咲ちゃんの距離も、もっと縮まるかなぁと思って。大地に怒られて計画流れちゃったんだけどね。けどさーせっかくの夏休み、なんか夏らしいことしたくない? 花火とかプールとかさー」
言いながら菅原先輩は洗い終えたジャージの水気を絞る。
裾の汚れはすっかり消えていた。
「意外と、残り時間少ないよ美咲ちゃん」
7月も、もうすぐ終わる。
合宿が終われば、春高予選が待っている。
時間は刻々と過ぎていく。
菅原先輩の言葉を、噛みしめるように私は頷いた。
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夜。
食堂で潔子先輩と仁花ちゃんと夕食をとって、ひと息ついていた時だった。
ポケットの中の携帯がブルブルと震え、画面を見やる。
姉からだ。
わざわざ電話をしてきたということは、何か火急の用件なのだろう。
「すみません、電話してきます」
断りを入れて小走りで食堂の外へと向かう。
「もしもし」
『美咲、電話してごめんね。今時間大丈夫?』
「うん……あ、ちょっと待って。外、出るから」
携帯を耳に当てたまま、屋外を目指した。
電話の向こうの姉はどこか落ち着かない様子だった。
何かあったのは間違いない。
「あ、美咲ちゃん」
外へ出る途中、菅原先輩に声をかけられた。
軽く頭を下げて足早にその場を後にする。