第41章 心模様
菅原先輩の隣にいた旭先輩とちらと目が合ったけれど、電話の内容が気になって仕方なかった。
足早に立ち去っていく私の後ろ姿をどんな顔で先輩達が見ていたかなんて、この時の私は知る由も無かった。
「…お待たせ。どうしたの、何かあった?」
『……お母さんが』
お母さん。
その言葉を聞いただけで胸がドキリとした。
私が烏野に戻ってから、一度も顔を合わせていない。
顔どころから姿さえ見ていない。
その母に、何かあったのだろうか。
姉は先に続く言葉を言いにくそうにしている。
イヤな予感ばかりが頭に浮かんできて、鼓動がどんどんと早まっていく。
「お母さんが、どうしたの…?」
『…帰ってきたの、家に』
ホッとした。
事故に遭っただとか、そういうんじゃなくて良かった。
母をなじって、ひどいことを言ったというのに。
勝手に祖母の家に養子に出されて、恨んでいたというのに。
それでもやっぱり心の底から母を嫌いにはなれないでいる。
だから母が無事に家に戻った知らせを聞いて、ホッとしているんだと思う。
「そっか……。お母さん、元気そう?」
『どうかな。ちょっとやつれてるかな。…電話かわろっか?』
「……うん」
母の声を聞いたのは、祖母が家に来たあの日が最後。
──私はもうあんたの母親でもなんでも無いのよ……──
それが、最後に聞いた言葉だった。
母をなじったことを、今更取り消すことは出来ない。
母のことを全部許せるかと聞かれたら、「はい」とは答えられない。
だけど、母と話したかった。
声が聞きたかった。
『……』
電話の向こうは静かだった。
遠くで姉が母を呼ぶ声が聞こえたけれど、そこから一向に母が電話に出てくれる気配は無かった。
しばらく待っていると、食器が割れるような派手な音が聞こえた。
それに兄の怒鳴り声も混じる。
兄と母が喧嘩でもしているのだろうか。
「お姉ちゃん? もしもし?」
心配になって電話の向こうに呼びかけてみるけれど、騒がしい音が聞こえるだけだった。
またひとつ、食器が割れた音が響いた。
その音を境に、また電話の向こうはしんと静かになった。
『……美咲、ほったらかしでごめんね。…お母さん、ちょっと電話に出られないみたい。かわろうか、なんて聞いておいて、ごめん。あっ、ちょっと義明、』