第40章 落ち武者は薄の穂にも怖ず
振り返った顔にある両目からは血が流れている。
カッと大きく見開かれた血走った目が、木兎を睨みつけた。
東峰の髪よりもざんばらな髪は、その表情が険しくなるにつれて、威嚇する猫のように逆立っていく。
しばらく木兎達を睨みつけた後、生首はふっと消えた。
「…あかーし……」
「……ホンモノ、でしたね…」
真っ白に固まってしまった木兎と赤葦は、しばらくその場から動けなかった。
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「おはよ、旭」
菅原の声に重い瞼をあける。
朝日が菅原の背後から差し込み、ちょうど頭のあたりを照らしている。
そのせいでやけに菅原が神々しく見える。
「おはよ……ふぁ…」
「なんだぁ? 眠れなかったのか?」
「え、いや……」
昨夜の出来事を、菅原は知らないようだ。
知ってたら、根掘り葉掘り聞いてくるに決まってる。
夜中、部屋に俺がいなかったことに、誰も気が付いていないらしい。
武ちゃんも他言しないと言っていたし、人に知られなくて本当に良かった。
ひょんなことで木兎達に付き合わされ、幽霊探しすることになるなんて誰が予想できただろうか。
それだけならまだしも、黒崎にあんなことをしてしまうなんてーー
東峰の脳裏に、昨夜の光景が鮮明に浮かぶ。
冷たい床の上に、生け贄のように貼り付けにされた黒崎の姿。
貼り付けにしているのは俺の両手。
2人して床に倒れ込んで、驚いた顔を見せた後、黒崎の目に期待と不安が入り交じったような気がしたのは、俺の気のせいだろうか。願望だったんだろうか。
あのまま、武ちゃんが来なかったら。
誰にも見つからなかったら。
俺は、一線を越えていたかもしれない。
黒崎の柔らかな肌の感触を、その味を確かめようと、理性のたがを外してしまったかもしれない。
「旭?」
菅原は怪訝な顔で東峰の顔を覗きこんだ。
何を考えていたか知られたくない。そう思った東峰は、ちょっとぼうっとしてた、と笑って誤魔化した。
「あれ、旭さん。ジャージ汚れてますよ」
後ろで布団を片付けていた縁下に言われて、東峰は汚れを確認しようとジャージを見回した。
「ここです」
縁下は東峰のジャージの裾を掴んで見せた。
近くにいた数人がなんとなしにその光景を眺めていたが、そのジャージの汚れを見た瞬間、皆一様に顔を見合わせた。
「どれどれ?」