第40章 落ち武者は薄の穂にも怖ず
ーそもそも木兎さんが引き込まなければ、東峰さんが怒られることはなかったのでは。
赤葦の口からそんな言葉が出かかったものの、今更あれこれ言っても仕方がない気がして、赤葦は言葉を飲み込んだ。
烏野の教師が入っていった空き教室に向かって歩いている途中、木兎は人の気配を感じてそちらに目をやった。
木兎達の右手には、1階まで続く階段があり、木兎のいる所からその階段の踊り場までがよく見えた。
その踊り場に、ふと肩くらいまでの髪をした人影があった。
人影は静かに階下へ降りていく。
「なんだ、東峰くんこっちにいるんじゃん」
「えっ?」
先を行っていた赤葦が木兎の言葉に振り返る。
木兎は空き教室へ向かうのをやめ東峰を追って階下へ降りていった。
空き教室の方も気にはなったものの、木兎が東峰だと言い張るものだから、赤葦も彼に続いて階段を降りることにした。
「東峰くーん、1人で行くなんてずるいじゃんかー」
「……」
階段を降りる東峰に声をかけるも、返事は無い。
足早に追いかける木兎と赤葦の足音が響く。
そこで、はたと、赤葦は気付いた。
ーー東峰さんの足音がーーしない。
するすると彼の頭は動いているのに、足音は全くない。
まるで床を滑っているようなーー。
「…木兎さん、ちょっと待って下さい」
「何でだよ。早く部屋戻んねぇと先生に見つかっちゃうだろ」
「…その人、本当に東峰さんですか」
「赤葦、何言って……」
赤葦が木兎に疑問をぶつけた時には、すでに階段を降りきっていた。
今まで頭だけしか見えなかった東峰の姿も、ようやく確認できる。
木兎達の前にいる東峰は、いまだ後ろを向いたまま。
先ほどトイレの前で会った時のように、ぼんやりと生首だけが浮かんでいるように見える。
黒いジャージのせいだ。
そのせいで、首から下が暗闇に紛れてしまうんだ。
木兎はそう思った。
「もー、東峰くんもさー、そんなユーレーみたいに突っ立ってないで…」
言って、木兎は東峰に近づいた。
彼の肩を叩こうと手を伸ばす。
けれど木兎の手は空振り、東峰の体に触れることは無かった。
「あれっ?」
おかしい。
なんで肩に触れられないんだ。
木兎がそう思ったのと同時に、東峰の頭が木兎を振り返った。