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【HQ】恋愛クロニクル【東峰旭】

第40章 落ち武者は薄の穂にも怖ず


その足音が果たして見回りの人間のものなのかも、定かではない。

心霊現象だったとしても、巡回中の人の足音だったとしても。
このままここで棒立ちしているのは非常にまずい事だけは確かだった。

ジャージを引っ張る力は、階下からの足音が近づくにつれて強くなっていく。
まさかどちらも霊の仕業かーー?!

パニックになった東峰の手を、誰かが掴んだ。
小さなその手は、ジャージと一緒に東峰の手も引っ張った。

「旭先輩、こっち!」

聞こえた声に、東峰の力が緩んだ。
聞き慣れたその声に、どこかホッとする。
今度は引っ張られるままに、東峰はその声の主に連れられていった。

声の主が引き込んだのは、普通の教室だった。
教卓の影に身を潜めるよう、声の主と共にしゃがみ込む。

教卓を背にした東峰の前には、小さく身をかがめた黒崎の姿があった。
大柄な東峰の足の間に体を収める形で、黒崎は座り込んでいる。

カツ、カツ、カツ。

足音が段々と近づいてくる。

見回りか、幽霊か。
どちらかいまだハッキリとしていなくて、東峰にとってその足音は恐怖でしか無かった。

思わず体が固くなる。
ぎゅっと目を瞑った東峰の手を、黒崎が握った。
小さな手の温もりが、少しだけ東峰の恐怖を取り除いてくれる。

足音が教室の前で止まる。
チカッとライトの光が教室の中を照らした。
右に左にゆっくりと何度か動いた光は、教室の中に異常が無いことを確認するとふっとその姿を消した。

見つからなかった事に安堵した東峰は、ようやく自分が置かれている状況に意識がいった。
すぐ目の前に、自分を見つめる黒崎の姿がある。

温もりも、その吐息も、全て感じ取れるほどそばにいる。
思わず身じろぎしてしまう。

紅潮した顔を気取られないよう東峰は距離を取ろうとした。
だが彼は大事なことを忘れていた。

東峰の後ろには教卓が存在しているということを。

思い切り身を引いたことで、東峰の体は勢いよく教卓にぶつかり派手な音を立てた。
そしてぶつかった反動で、バランスを崩した。

後ろから前につんのめる形になり、勢いを止めることが出来ぬまま、東峰は黒崎に覆い被さるように倒れ込んだ。

「誰かいるんですか?」

先ほど遠ざかっていったはずの足音が再び教室の中に明かりを向けた。
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