第40章 落ち武者は薄の穂にも怖ず
「うん。でも大地…主将に怒られてその話は無しになったんだよ。だから俺もホッとしてたのに…」
「すみません、うちの木兎さんがご迷惑をおかけして」
東峰という男を、赤葦は今までよく知らなかった。
試合での彼のことなら、何度か対戦したから少しは分かる。
しかし普段の、バレーから離れた時の東峰についてはほとんど知らない。
合宿といっても、ほとんど学校単位での行動が多い。
中には他校との交流を図る者もいるが、大多数は練習中の関わりしかない。
今日の木兎さんの肝試しが無ければ、会話をすることも無く終わっていたかもしれない。
そう思うと、この肝試しも全くの無駄というわけでは無さそうだった。
「…木兎さん、ちょっと待ってください」
会話をしながら歩いていた為、赤葦と東峰は自分達が今どこにいるのか一瞬理解できなかった。
初めての合宿地である東峰はいまだこの場所が何か分かっていなかったが、何度目かの合宿になる赤葦は理解したようだった。
「ここはマズくないですか。女子マネの部屋がある階ですよ」
赤葦の言葉を聞いて、東峰もようやく事態を飲み込んだ。
どうやら探索をしているうちに、女子マネージャー達が寝泊まりしている階へと足を踏み入れていたらしい。
何もやましい気持ちは抱いていないが、誰かに見られたらあらぬ誤解を受けても仕方ない。
すぐこの場から離れた方が賢明だろう。
赤葦も東峰もそう思った。
「ここも探索しなきゃダメだろ。女子マネの部屋はムリだけど。他に空き教室いっぱいあんだし」
「先生方が巡回にくるんですよ。さすがにマズいと思います」
「ダイジョーブだって。ちょっと見て回るだけだって」
赤葦と木兎が押し問答しているうちに、階下から、カツ、カツ、と規則正しい足音が聞こえてきた。
誰かがここにやってくる。
慌てて木兎達は隠れ場所を探した。
木兎と赤葦の後をついていこうとした東峰のジャージを誰かが強く引っ張った。
ぐいっと後ろに引き寄せられるのを感じて、東峰は声にならない声を上げる。
木兎と赤葦は気付いていない。
2人はそのまま空き教室の中に姿を消した。
東峰は恐怖で後ろを振り返れない。
誰かが-ーいや、何かがジャージを掴んで離さない。
見回りに来た教師やコーチだったら、ぐいぐいと引っ張るだけでは済まさないだろう。
階下からは誰かの足音も聞こえる。