第40章 落ち武者は薄の穂にも怖ず
「落ち武者の幽霊の正体ですよ」
そう言って赤葦が木兎に見えるように身を引く。
赤葦の後ろから現れたのは、烏野の黒いジャージを羽織った、東峰旭の姿だった。
日中結んでいる髪は下ろされて、肩を過ぎたあたりで揺れている。
一見すると誰か分からなかったが、顎に生えたヒゲが東峰であることを証明していた。
「んあー?! 東峰くんじゃんか!!」
木兎の声に驚いたのか、落ち武者、もとい東峰の目がまた大きくなる。
「えっ、なに? 何事?」
突然のことに、東峰は理解が全く追いついていないようだった。
赤葦が事の次第を説明すると、東峰は脱力したように溜息をついた。
「俺を幽霊と見間違えてたってことかぁ。ハァ、良かった……じゃあ幽霊はいないんだね」
「木兎さんがお騒がせしてすみません」
幽霊に間違われたことを伝えても東峰は怒らなかった。
それよりも木兎が見たものが見間違いだったことに安堵しているようだった。
けれどその安堵も、長くは続かない。
「イヤ……東峰くん、残念だが俺が見たのは落ち武者のユーレーだけじゃないんだ」
「えっ…?!」
「子供のユーレーも見たんだよ」
「……そ、それも何かの見間違いだよ、きっと」
東峰の言うとおりかもしれない。
心霊写真の類だって、そのほとんどが“シュミラクラ現象”だ。
人間の脳は、3つの点が集まればそれを“顔”と認識するように出来ているのだ。
東峰を落ち武者と見間違えたように。
子供の幽霊も、きっと他の何かと見間違えたに違いない。
赤葦もそう思うものの、1人木兎だけは納得していない顔をしていた。
「こうなったら子供のユーレーを見るまで寝ない! 見間違いじゃ無いってこと証明してやる!」
赤葦は頭を抱えた。
言い出したら聞かない木兎さんのことだ。本気で探すつもりだろう。
けれど時間はじゅうぶん遅い。明日の練習に差し障りがあるかもしれない。
なんとか木兎に諦めさせる算段をつけようと赤葦の頭がフル回転を始める。
「木兎さん、今日はもう遅いし明日にしませんか」
1番無難な誘いかけだと赤葦は思った。
しかし木兎は首を縦に振ろうとしない。
「ダメだ! 明日まで待てない! お前らにホントにユーレーがいるってわかってもらいたいんだ!」
落ち武者の霊が見間違いだったのがそんなに悔しかったのか。
赤葦は厄介な木兎の拘りに頭が痛くなった。