第40章 落ち武者は薄の穂にも怖ず
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明かりが消えた廊下は、普段見慣れているはずなのに全く別の場所のように見える。
怖いか、と尋ねられれば、赤葦は首を横に振っただろう。
ただ無機質なリノリウムの床が、やけに冷たく見える気はしていた。
夏とはいえ、夜の間は気温も下がる。
少し肌寒く感じるのはそのせいだろう、と赤葦は思った。
幽霊のたぐいを本気で信じているわけではない。
だけど楽しそうに暗い廊下を歩く木兎の姿を見ると、実在するかどうかなんてどっちでもよいように思えてくる。
幽霊を探す。
それを口実に、人気の無い暗い学校を回ることが、案外赤葦の心も弾ませているようだった。
皆が寝静まった時間。
聞こえるのは自分と木兎の足音だけ。
まるで2人だけ世界から取り残されてしまったような感覚になる。
非日常を楽しんでいるのは、実は木兎より赤葦の方かもしれなかった。
普段、自分からルールを破ることをしない赤葦だから余計に。
一昨日、木兎が落ち武者を目撃したという場所まで来て、木兎が足を止めた。
携帯の明かりであたりを照らしてみる。
しかし特に目につくものは無かった。
「同じ場所に出るとは限らないんじゃないですか」
「そうなのか?」
「詳しくは知りませんが……木兎さん、トイレでも見たんでしょう? ここからトイレ、ずいぶん離れていますよね。落ち武者の霊も結構移動してるんじゃないですか」
「ほうほう。じゃあとりあえず、トイレの方に行ってみようぜ」
それで気が済むのなら、と赤葦は黙って木兎の後をついていく。
トイレの近くに来たところで、赤葦は木兎の背中にぶつかってしまった。
前を歩いていた木兎が、急に立ち止まったのだ。
「木兎さん、どうしました」
木兎の顔を覗き込むように、背後から声をかける。
ゆっくりと木兎の指先が、トイレの方を指し示した。
心なしか、その手は震えている。
まさか。
そう思いながら、赤葦はゆっくりと視線をトイレの方へ向けた。
なんだか背筋のあたりがゾクリとする。
怖いのか。いやそんなことは無い。
相反する気持ちが交互に顔を出す。
ゆっくりと床から視線を上へとあげていくと、暗闇にぼんやりと浮かぶ何かがあった。
長い髪。のようなものが浮かんでいる。
ミディアムくらいの長さだ。肩を少し越えたあたりの。
自分の頭の高さと同じくらいの位置に、首から上、つまり頭だけがある。