第40章 落ち武者は薄の穂にも怖ず
「なんだよ、ノってこいよお前ら~!」
梟谷の部員の顔を見回しても、誰ひとり手を上げる様子が無い。
つまらなそうに口を尖らせながら、木兎は後ろに座っていた音駒の黒尾に声をかけた。
「なぁ、黒尾」
「丁重にお断りします」
「なんだよまだ何も言ってねぇだろ」
「聞かなくても分かるだろ、この流れなら」
黒尾に誘い水をかけた木兎の目論見はすぐに潰えてしまった。
つれないヤツら。幽霊を見れるチャンスかも知れねぇのに、ノッてこないなんて。
合宿がつまらないわけじゃない。
だけど、少しくらい夏らしい出来事を体験したっていいじゃないか。
木兎は真正面に向き直って、おかずを口に運ぶ赤葦に念を送った。
熱視線に少しだけ顔を上げた赤葦だったが、何も言わずまた視線をおかずに戻してしまう。
「あかーし」
「……」
「あかーしってば」
「……」
名を呼ばれて無視する訳にもいかず、赤葦はまた目だけ木兎へと向けた。
赤葦の目は明らかに面倒くさそうな思いが浮かんでいたが、木兎は気にしていなかった。
「一緒に探そうぜ、ユーレー」
イヤです、そう答えるのは簡単なことだった。
けれど冷静な赤葦の頭が、そう返答するのが本当に最良なのか? と口を開くのに待ったをかける。
しつこく幽霊の話をする木兎さんを、これ以上ないがしろにしたらどうなるか。
A.文句をぶつぶつ言われる→それだけなら適当に聞き流せばいい
B.いじけて練習中もテンションが上がらない→いつも以上に気を配らないといけない
Bになったらこの上なく面倒くさい。
そうなる前に適当なところでこちらが折れた方がマシだ。
「…分かりました。少しだけなら付き合います」
「あかーしありがと!!」
テンションマックスな木兎を横目に、梟谷3年の木葉と小見が赤葦の労を労うようにそっと肩を叩いた。
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「幽霊だって」
騒がしい木兎の声をBGMに朝食をとっていた烏野メンバーの中で、菅原が面白そうに口を開いた。
隣の東峰は“幽霊”の単語を聞く度にビクビクと震えている。
見た目に反して“蚤の心臓”と言われる東峰旭は、怪談話が大の苦手だった。
去年だったか、澤村と菅原に無理矢理参加させられた肝試しで気を失ってしまったほどだ。
実際幽霊を目の当たりにしたわけでもないのに、東峰は誰が見ても分かるくらい怯えていた。