第40章 落ち武者は薄の穂にも怖ず
調子を落とさないのであれば、幽霊話に付き合ってやるのもそう面倒なことではない。
赤葦にとっては、練習中に調子を落とした木兎を盛り上げる方が、より面倒なことだった。
「でも、おかしいですね。ここでの合宿、何度かありましたけど。今まで一度だって幽霊を見た事なんて無いじゃないですか、木兎さん」
「そりゃあ、そうだけどよ。でも見てんだもん! 他にも見たヤツいるんじゃねぇのか? 俺が何回も見てるんだし」
ぐるっと、木兎があたりを見回す。
何人かと目が合ったが、皆そっと視線を外した。
関わり合いにはなりたくないのだろう。木兎と同じように周囲を見渡した赤葦は、それもしょうがないことだと1人納得していた。
だが、青い顔をして押し黙っている女子マネージャーの姿に気が付いた赤葦は、少し気になってそちらに水を向けた。
深く考えていたわけでは無かった。
ただいつもより食欲の無さそうな白福の姿に、違和感を覚えたのである。
「もしかして、心当たりあるんですか。白福さん達」
急に話を振られた白福と雀田は、赤葦の言葉に動揺の色をありありと浮かべていた。
まさか本当に他にも目撃者がいるのか。
赤葦は信じられないといった顔で2人を見た。
「何、お前らも見たの?! なら早く言ってよ! 俺だけ1人騒いで馬鹿みたいじゃん」
仲間を得られたと思った木兎の顔が明るくなる。
反面、白福と雀田は木兎から目をそらして気まずそうな顔だ。
「…いや、あたし達が見たわけじゃないんだけど……」
「落ち武者の幽霊、見たって子がいて」
雀田達の発言に、木兎は赤葦に「ほらな!」と嬉しそうな顔を向けた。
「やっぱりいるんだって、ユーレー!」
「…そうですね」
赤葦はいつものように軽く流しただけだった。
皿の上にはまだ箸をつけていないおかずがゴロゴロしていたし、お腹も空いている。
生真面目に木兎の言うことをいちいち聞いていては、時間なんてすぐに足りなくなる。
けれど、今日の木兎はそんな赤葦の態度が気にくわなかったらしい。
他にも目撃者がいると聞いても、まるで関心無さそうな赤葦の興味をなんとかして引きつけたい。
そう思った木兎は、“先輩”という立場を利用して赤葦にこう命じたのだった。
「おうし、今日の夜は落ち武者探しするぞ!」
木兎の言葉は大きく食堂に響いた。
けれど賛同の声を上げる者は誰もいなかった。