第40章 落ち武者は薄の穂にも怖ず
「絶対、ホンモノだって! この目で見たんだよ!」
合宿四日目の朝。
練習前の腹ごしらえに食堂に集まった部員達の耳目を集めたのは、梟谷の木兎光太郎の大声だった。
重力に逆らうように上向きにセットされた髪が、彼の強い思いを体現しているように見える。
何をそんなに頑なに主張しているのか。
周囲の者が耳を澄ますと、また木兎は力強く声を上げた。
「落ち武者!! あれ絶対ユーレーだ!!」
普段おちゃらけた雰囲気のある木兎が、大真面目な顔でそんなことを言うものだから、周囲の人間は反応に困っていた。
少し離れたところでそれを聞いていた女子マネージャー達は、昨日森然高校のマネージャーである大滝真子が言っていた幽霊話を思い出し、背筋が寒くなっていた。
当の大滝は、さらに顔を青くして、木兎の発言を固唾をのんで見守っている。
「木兎さん、見間違いです。昨日も言いましたけど」
熱く語る木兎の対面で、同じく梟谷の副主将である赤葦がさらりと答える。
木兎とは対照的に、赤葦の反応はいたって冷静だ。
それは何も今に始まったことではない。
普段から熱くなりやすい主将の木兎を諫めるのはいつも赤葦の役目だった。
烏野という新しい学校を加えての合宿に、どこか高揚しているのだろう。
目新しいことが好きな木兎さんのことだから、非日常感のある合宿という雰囲気も手伝って、普段なら気にも留めないものにまで目がいっているのだ。
学校、夜、非日常感。
幽霊を目撃するのにおあつらえ向きな条件が揃っている。
だからきっと何かと見間違えて、幽霊を見ただなんてことを言っているに違いない。
赤葦は冷静に、そんなことを考えていた。
「1回だけじゃねぇんだって! また昨日も見たの!」
いつもと変わらない赤葦の態度が気にくわない様子で、木兎の握り拳がテーブルを叩いた。
ドン、と響く音に周囲の視線がさらに集まったのを感じて、赤葦は溜息をついた。
「そうですか」
「そうなの! 何度も見るなんて、俺超能力にでも目覚めたのかな?!」
幽霊を見るのに必要なものは超能力だったろうか、と赤葦は少し考えたが、どうでもいいことだったと思い直し、木兎の発言をスルーすることにした。
怖がっている様子は木兎さんには無い。逆に楽しんでいるようだ。
であれば、練習にマイナスの影響が出ることは無さそうだ。