第39章 合宿3日目
「…うん、分かった。私もおばさんとは、ちゃんと話したいと思ってたから」
おばさん、という言葉に力を込めた。
おばさんのために、衛輔くんの頼みに答えるんだよ。そんな気持ちを、暗に匂わせるように。
「ありがとう! 母さんすっげぇ喜ぶと思う!」
裏の意図なんて感じさせない衛輔くんの笑顔に、1人で考えすぎたのかもしれないと思った。
衛輔くんはただ純粋に、お母さんが喜ぶと思って、私に頼んできたのかもしれない。
「おーい、そろそろ始まるぞー」
遠くから菅原先輩が練習開始を知らせてくれた。
その声を合図に、私達は立ち上がる。
「じゃあ、夜、練習終わったら電話よろしくな」
「うん分かった」
手短に会話を済ませると、衛輔くんは体育館へと駆け出して行く。
その後を私と旭先輩はゆっくりと歩いていった。
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合同練習が終わり、自主練の時間になって少しして、衛輔くんが携帯片手に私の所にやって来た。
携帯の画面はすでに衛輔くんのお母さんの番号が表示されていて、後は通話ボタンを押すだけだった。
挨拶もそこそこに衛輔くんは電話をかける。
ものの数秒で、衛輔くんのお母さんは電話を取ったようだった。
「もしもし。うん、そう。今いるよ。うん、代わる代わる」
はい、と手渡された携帯を耳に当てる。
もしもし、こんばんは。ドキドキしてしまって、消え入りそうな声で挨拶をした。
今日までお礼を言わずなんの音沙汰も無かった私のこと、おばさんなんて思ってるんだろう。
『美咲ちゃん、ずいぶん久しぶりね。声聞いても美咲ちゃんだって、ちょっと分からなかった。隣に住んでたの、小学生の頃だもんね、当たり前よね』
懐かしい声だった。
電話を通してでも分かる、おばさんの優しい柔和な声は、あの頃と変わっていなかった。
おばさんの作ってくれたご飯や、読んでくれた本のこと。
衛輔くんと一緒に奪うように食べたホットケーキ。
色んな思い出が、あの時の色と匂いと熱を伴って脳裏によみがえる。
「美咲ちゃん、ちょっとゴメン。母さん、ボタン押して。緑のヤツ」
横から衛輔くんの手が伸びてきて、携帯の画面に触れた。
瞬間、画面におばさんの顔が表示される。右下に小さく、私と衛輔くんの顔も表示されている。
『あら、まぁ! ずいぶん可愛いお嬢さんになったのねぇ!』