• テキストサイズ

【HQ】恋愛クロニクル【東峰旭】

第39章 合宿3日目


それまで笑っていた雀田さんの口元が僅かにひくついたのが見えた。
またまたそんなぁ、と笑いかける雀田さんに対して、大滝さんの目は真剣だった。

「お風呂から上がって、自販機で飲み物買ってる時に、見たの。…廊下に人影が見えて、部員か先生かなってはじめは思ったんだけど…」

大滝さんの話によると、肩くらいまでの長い髪を垂らした落ち武者の霊は、大滝さんと目が合うなりカッと目を見開いて憤怒の表情を見せ、すうっと消えていったらしい。
木兎の言うことだからと、真剣に取り合っていなかった雀田さん達も、私達も。生々しく語る大滝さんを前にしては、冗談だと断じることが出来ずにいた。

「今まで幽霊とか見たことないし、霊感とか全然無いし、怖かったから見間違いだと思おうとして昨日の夜はみんなに言わなかったの。でも……木兎君が朝騒いでたから、他にも見た人いるんだと思って…」

自分以外の目撃者がいるとなれば、大滝さんの中で自分が見たものが“リアル”だったと認識したのも無理はない。
ただの『幽霊』ならいざ知らず。
『落ち武者』という具体的な部分まで一致していれば、見間違いだと言い切るのも微妙なところだ。

たとえ幽霊の目撃談としてよく挙げられる『落ち武者』だったとしても、普段接点のない他校の部員とマネージャーが、同じ目撃情報を口にするだろうか。
それもそれぞれ個別に見ているのだ。2人が口裏を合わせたとも考えにくい。

そこから導き出されるのは、実際に落ち武者の霊が存在している、ということだ。

私はまだ、大滝さんのことをよく知らないけれど、彼女の強張った顔つきを見れば嘘や演技でそんな話をしているのではないことは分かった。
幽霊話をでっち上げて、何か彼女にメリットがあるとも思えないし。

大滝さんの話に、さっきまでの空気は無くなっていた。
しん、と静まった部屋は急に寒気を感じさせる。
ぞくりとしたのは自分の心がそうさせたのだと半分分かっているのに、今まさに落ち武者がこの部屋に来ているのではないか、なんて想像をしてしまう。

よく言うもの。『お化けの話をするとお化けが寄ってくる』って。

「っ、ごめん! 怖がらせるつもりは無かったんだけど……スイカ! スイカ切ろう!」

固まった空気を壊すように、大滝さんが明るく声を張り上げた。
それに続いて私達も「そうですね!」と答えて、スイカへと視線を戻した。
/ 460ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp