第38章 合宿1日目夜~2日目
リアルすぎる感触に、一気に夢の世界から現実の世界へと引き戻された。
ゆっくり目を開けると、まん丸な目をして固まっている旭先輩の顔があった。
「ひゃっ?!」
1人素っ頓狂な声を上げて、後ろに飛び退く。
旭先輩は固まったまま、ぎこちない笑みを浮かべた。
「め、目ぇ、覚めた?」
問いかけに、こくこくと首を何度も縦に振って答える。
一体全体、私は何をしでかしたのだろうか。
目が覚めたら夢の内容なんてすぐに忘れてしまうことが多いのに、今日はまだ鮮明に覚えている。
夢の中の大きなクマのぬいぐるみがいつの間に旭先輩に変身したのだろう。
私の深層心理では旭先輩は『クマのぬいぐるみ』のイメージなのかな。
気は優しくて力持ち、みたいな。
半分現実逃避していたんだと思う。そんなどうでもいい推察をしてしまうくらいに。
「あ、えっと、気分はどう?」
「は、はい、大丈夫です……あの、すみませんでした。その…寝ぼけていたとはいえ抱きついたりなんかして……」
言葉にするといやに生々しく感じられた。
旭先輩も私の言葉にまたピシッと固まってしまっている。
あぁ、そうか。私、抱きついただけじゃなくて、頬ずりまでしてた……。
ちくちくしたあの感触はきっと……。
「寝ぼけてたならしょうがない、しょうがないよ、うん」
旭先輩は自分にも言い聞かせるようにそう言った。
この間まで気まずくて自分を避けてたはずの人間が抱きついてくるとか、意味分かんないだろうな、と思う。
今回の抱きつき事件は不可抗力だとしても。
「あー…えっと、昼、昼飯! 時間なったから呼びに来たんだけど、黒崎食べられそう?」
「あ…はい」
私が返事したのと同時に、ぐぅぅといい音でお腹も返事をした。
この間からお腹の音を聞かれてばかりで、恥ずかしいことこの上ない。
でも、それまでぎこちなかった旭先輩がクスッと笑ってくれたから、旭先輩の笑顔に免じて自分の腹の虫を許してあげることにした。
「ん、食欲ありそうで良かったべ」
クスッと旭先輩が笑う。
ふいに伸びてきた手が私の頭をふわっと優しくひと撫でした。
あまりに自然で、旭先輩は撫でたことすら意識してないみたいに見えた。
だけど、私は。
旭先輩から香った甘い花の香りが、さっきの夢の中でかいだものと同じだったことに気が付いて、動揺を隠せないでいた。